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オープニング映像。
1925年、ラジオ放送が開始。自然番組の礎となる最初のテレビ放送が産声を上げる。アホウドリ、イリオモテヤマネコ、ニホンカワウソなどを紹介。
インターメディアテクを訪れた。エピオルニスは絶滅種という。岩合光昭はジャイアントパンダの撮影が大変だったと話した。ジャイアントパンダの評価ランクは絶滅危惧種から2016年に応急種となった。
今回のテーマは絶滅からの復活劇。ニホンアシカはかつて日本とその周辺に生息していたとされているが、明治~大正にかけて乱獲によって数が激減。1975年を最後に目撃は途絶えた。しかし9年前、鹿児島県下甑島で目撃があった。アシカは長い鰭状の前脚で歩くが、アザラシの前脚は短く這って移動する。オットセイとアシカの違いは毛の長さ。水中を撮影し、空からも捜索したがニホンアシカは見つからなかった。
絶滅の判断基準のひとつは過去50年前後で信頼できる生息情報がないこと。ロードハウナナフシは天敵の少ない島で植物を食べ平和に暮らしていた。1918年、島の近くで船が座礁、乗っていたネズミが逃げ出し島へ上陸。飛べないナナフシはあっという間にネズミに食べ尽くされ絶滅した。しかし、オーストラリアロードハウ島から20キロ離れたボールズピラミッドの断崖絶壁で巨大な黒いナナフシが24匹も見つかった。調査隊が派遣され、3匹が本土へ持ち帰られた。ナナフシたちは元気に過ごし繁殖にも成功しているが、ボールズピラミッドの個体のオスには特徴的な太い足がなかった。博物館の遺伝子解析でロードハウナナフシが絶滅していなかったことが確認された。クリーブさんは20年間飼育を続け、ロードハウナナフシを25000匹以上に増やした。
ニホンカワウソは2012年に絶滅宣言。長崎県対馬でカワウソが撮影された。自力に近い形で韓国から渡ってきたと考えられる。かつて日本には3つの系統のカワウソがいた可能性がある。
絶滅の危機について。レッドリストは絶滅のおそれのある野生生物のリスト。レッドデータブックはレッドリストに掲載された種の生息状況や生態などをまとめた本。
ケイマン諸島の最大の島グランドケイマン島は世界的な金融の中心でリゾート地としても知られる。島の東側にあるのは緑豊かで広大な植物園。ブルーイグアナは世界でもこの島だけにしかいない固有種。恋の季節になると体の色はさらに鮮やかなブルーになる。子供の頃は身軽で木登りも得意だが、成長すると身体は重く動きも鈍くなる。島に天敵となる肉食の哺乳類もおらず、食べ物が豊かな島でのんびりと暮らしてきた。しかし開発や人間が持ち込んだ犬や猫に襲われる事故もあり、気がついたときには絶滅寸前にまで追い詰められていた。
このピンチに立ち上がったのがフレデリック・バートン博士。世間の関心を集め保護活動を軌道に乗せた。ブルーイグアナを密かにペットにしていた人たちが譲ってくれ、親となるブルーイグアナを21匹まで増やすことができた。卵のふ化に成功し、ブルーイグアナを守る取り組みは島の人々に根付いている。人々に優しく見守られながらブルーイグアナたちは穏やかな暮らしを取り戻しつつある。
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オガサワラカワラヒワ、通称オガヒワは絶滅の縁からの復活を目指す。かつて小笠原全域で見られたオガヒワだが最近はごく一部の島でしか見られない。立ち入りが厳しく制限される無人島での調査に同行した。わずかにある水場にオガヒワが現れた。安定した川がない島では水場はとても貴重で、水浴びや水分補給に欠かせない。生息数はわずか200羽ほど、絶滅に最も近い鳥の一つという。一つの無人島にいるメスは推定でわずか10羽ほどでなかなかお相手は現れない。ネズミ、台風、干ばつが数を減らした主な原因という。
ネズミ駆除をはじめオガヒワを救うための対策に乗り出した。その一つが人工の水場作り。木の幹をつたう雨水をタンクに集める仕組みを作って必要な水を確保する。もし大災害が起きても絶滅しないよう毎年一部の若鳥を捕獲し安全な施設に移しているという。合計で6羽の雛が巣立つという快挙を成し遂げた。
メキシコ、人々が愛してやまないテキーラとメスカル。どちらもアガベという多肉植物で作られる。アガベは200種類以上あり、テキーラはそのうちの一つから、メスカルは複数を使って作られる。アガベは一生に一度だけ開花する。ヒメハナナガコウモリはアガベのパートナー。体についた花粉が別の株に運ばれ受粉を助ける。コウモリを引き寄せるのは花粉に加えアガベの花の蜜という。コウモリの細長い顔は筒状の花から蜜や花粉を食べるのに最適。ヒメハナナガコウモリは1980年代に激減し、住みかを失った。アガベも生産効率を高めるために株分けで増やされ病気が蔓延しやすくなった。メデジン博士は農家を説得し、コウモリに食事と受粉をさせるように促した。コウモリは数を回復し絶滅の危機を脱出した。
岩合がモザンビークで撮った写真を紹介。国立公園内は車で移動するがゾウの群れと遭遇し、威嚇されたという。ゴロンゴーザ国立公園は1977~92年、内戦の激戦地となった。食料やお金を得るため、大型の哺乳類の9割が殺されたという。
ゴロンゴーザ国立公園を岩合が訪れたのは9月。立派なヤシの木があった。森は木の肌が黄色く、独特の色合いは樹皮でも光合成するためという。60年代はアフリカの中でも屈指の生物多様性を誇り、アフリカの楽園とも謳われていたゴロンゴーザ。しかし、1977年内戦に突入。ゴロンゴーザには反政府軍の拠点が置かれ激戦地となった。大型の哺乳類の9割が姿を消した。2004年、ゴロンゴーザ再生プロジェクトがスタートした。財団が資金を援助し最初に大型の草食動物を増やすことにした。大型の草食動物の糞を栄養に植物が勢いを増し元々いた他の動物達も内戦直後よりも大幅に数を増やした。
復興はまだ道半ば。草食動物を食べる肉食動物が少ないため、増えすぎてしまった。偏ったバランスを調整するため、リカオンが連れてこられた。アフリカ全土で数が減っている絶滅危惧種という。ゴロンゴーザでは内戦中に全滅したが、6年で250匹以上となった。
フラビアというメスのライオンを発見。7歳の娘と今年生まれの子も一緒。プロジェクトの効果でライオンも自然に増えてきている。帰国前日の夕方、一頭のゾウに出会った。人間をほとんど気にせず悠々と食事をしていた。
ダーウィンが来た!放送開始から20年になる。いきもの超ワールド展 国立科学博物館×ダーウィンが来た!が2026年7月11日~10月12日まで開催。
「ダーウィンが来た!」の次回予告。
