- 出演者
- 所ジョージ 林修 小柳ルミ子 王林
オープニング映像。
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小柳は、人恋しくなっちゃうのでポツンと一軒家暮らしはダメと話した。王林は、憧れがありやってみたいと話した。
福岡県のポツンと一軒家を調査。衛星写真には整備された大規模農地の一画に密集した建物が写っていた。元々目指していたのは別ののポツンと一軒家だった。捜索隊が最寄りの集落で話を聞くと、元みかん農家だった家で4、5年前に転居して現在は空き家になっているとわかった。写真の範囲外にもう1軒ポツンと一軒家があると教えてもらい、捜索を再開した。狭くて険しい道を進み、瓦屋根の家を見つけた。
福岡県のポツンと一軒家を訪ね、主の義国さんに話を聞いた。義国さんは3月まで区長を務めていた。家は夫婦2人暮らしで、2人の息子は高専卒業後に独立したため空き部屋がいっぱいある。兄弟で同じ会社に就職し、頻繁に孫を連れて帰省している。建物は築100年以上で、義国さんは4代目。以前は茅葺き屋根にトタンを被せていたが、台風で飛んだため2階を増築して瓦屋根にした。
福岡県のポツンと一軒家を訪ね、主の義国さんに話を聞いた。義国さんはみかんの専業農家で、ブランドの山川みかんを栽培している。畑の広さは5haで、みかんの木は5000本ある。みかんは品種で収穫時期が異なるため、複数品種で収穫時期を調整する。年間の収穫量は60トンで、今の時期は木の様子を観察して摘花している。雨で糖度が低下するためマルチシートで覆って水を切る。義国さんは高校を出たあと農業総合試験場で受講し、帰ってきてからみかん農家になった。総祖父の代に山の上に移住し、代々みかん農家を続けてきた。義国さんは3人姉弟の末っ子として生まれた。年の離れた兄姉は中学卒業後に就職し、結婚して独立した。義国さんの妻・妃早子さんがジムから帰ってきた。
福岡県のポツンと一軒家を訪ね、主の義国さんと妃早子さんに話を聞いた。妃早子さんは義国さんの同級生の妹で、ひと目惚れした義国さんから声をかけた。夫婦で頻繁に旅行に行っている。台所は7年前に改装し、ガスからIHに替えた。水は手掘りの井戸から引いている。
福岡県のポツンと一軒家を訪ね、主の義国さんと妃早子さんに話を聞いた。鶏肉と筍の煮物や山菜を使った手料理、輪切りみかんを振る舞ってくれた。義国さんは、5年後ニュージーランドに半分移住することを計画していると話した。
島根県のポツンと一軒家を調査。衛星写真には森に囲まれた農地に茶色の屋根の建物が2棟が写っていた。最寄りの集落で話を聞くと、毎日田んぼで稲作をしている夫婦が暮らしているとのことだった。教えてくれた石田さんがポツンと一軒家まで来るまで先導してくれた。
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島根県のポツンと一軒家を訪ね、主の善文さんに話を聞いた。妻の喜久枝さん、次男の武士さんもいた。元々6軒の集落だったが、30年前に1軒になった。家は喜久枝さんの実家で、2人姉妹の長女だった。中学校は10キロ先にあり、喜久枝さんの父が麓に建てた家から通っていた。現在も麓の家に住んでいる。喜久枝さんは高校卒業後に洋裁店に就職した。善文さんは山口県出身で、中学卒業後に島根県で自転車バイク修理店に就職した。案内してくれた石田さんは店の客で、小さい頃から知っているという。善文さんは婿養子で、子どもは長女、長男、次男、三男の4人。昭和58年の水害では麓の家が浸水被害に遭った。災害復旧工事でポツンと一軒家まで続く道路も整備された。家の裏の山に設置された捕獲檻には熊が4頭入ったが、昔は益獣とされていたため獲れず放っていたという。今は熊よけに一日中ラジオをかけている。子供たちの運転で家から通っており、善文さんは畑で自家用野菜、武士さんは自家用米を育てている。孫は4人いて収穫や田植えの手伝いに来ている。
島根県のポツンと一軒家を訪ね、主の善文さんに話を聞いた。母屋の隣の納屋ではかつて牛を飼育していた。母屋の築年数は不明で、元茅葺き屋根で、茅葺きから瓦、瓦からトタンにした。家では黒電話を現役で使っている。両親が亡くなってからは20年以上誰も住んでいない。田んぼの脇には農機具置き場とプレハブ小屋が建っていた。鶏小屋では烏骨鶏と鶏を飼育しており、捜索隊は卵を試食させてもらった。
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1週間後に島根県のポツンと一軒家を再訪すると、武士さんさんの子供や子供の友達家族が稲作の手伝いに来ていた。武士さんは稲作を継承したがまだ4年目で、年1回しかやらないため緊張すると話した。田植え機でコシヒカリの苗を植えていった。午前の作業が終わると、猪肉のバーベキューや自家製米の筍おにぎりなどを味わった。
所は、みんなで集まって食べてるのは最高の幸せと話した。
