- 出演者
- 伊藤隆佑 村瀬健介 日下部正樹 山本恵里伽 北村麗
メガバンクが預金獲得に動く中、地域密着で中小企業の資金繰りを支えてきた城南信用金庫。きのう融資担当の齋藤清志郎が向かったのは都内で3店舗展開する飲食店。社長が見せてくれたのは別の金融機関の融資明細。3年前0.19%だった金利は段階的に引き上げられ、いまは3.2%。食材やワインの仕入れ値も急騰した一方、価格転嫁しきれていないのが悩みのタネ。さらにテナント料など値上がりはあらゆるものに及んでいる。別の融資担当・中本美夢が訪ねたのは食品や機械部品などの配送を担う運送会社。燃料高や賃上げに対応するため苦渋の思いで値上げした。その矢先の急速な利上げ。城南信用金庫のトップ、林稔理事長は「金利復活は金融機関の正常化を意味する一方、中小企業にとっては複数の困難が合わさる状況になっている」という。日本の企業の99%を占める中小企業。東京商工リサーチは仮に金利が1ポイント上昇すると現在27.7%の赤字企業の割合が31%にまで悪化すると試算している(東京商工リサーチ TSRデータインサイト試算)。城南信用金庫では事業者向けにセミナーを開催するなど中小企業の支援にますます力を入れている。
今後も金利の上昇は続くのか、きのう日本銀行・植田和男総裁は「経済物価金融情勢に応じて引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになると考えている」と述べ、段階的に利上げをしていく姿勢を示した。日銀が利上げを加速させる背景にあるのが高市政権が強く打ち出す政策。おととい行われた内閣改造では片山財務大臣を始め経済政策を担う閣僚が相次いで留任。積極財政路線を続けることが明確になった。高市政権では2027年度概算要求が過去最大となる143兆円を超えた。さらに今週食料品の消費税を1%に引き下げることを盛り込んだ税制改正大綱を閣議決定。会見に臨んだ片山大臣は「財源確保の具体像についても今後の予算編成プロセスで確実に示してまいりたい」と述べた。財源が示されないまま決まったことについて、自民党内からも異論が聞かれた。積極財政による日本の財政悪化への懸念が金利上昇を招き、世界にも波及すると危機感を覚えたアメリカ。
ベッセント財務長官は先月日銀・植田総裁、片山財務大臣と会談。高市政権が掲げる責任ある積極財政に異例の注文をつけた。安倍政権で日銀の審議委員を務めた野村総研エグゼクティブ・エコノミスト・木内登英氏は高市政権はアベノミクスの積極財政と同じ路線を歩んでいるが、いま行うことの副作用を危惧する。
日銀の利上げなどに関するトーク。村瀬が「あまり馴染みのない債券市場。実は政府に政策の修正を迫る大きな力がある。去年トランプ大統領に関税政策の転換を強いたのは債券市場の金利上昇だったといわれている。イギリスのトラス政権も財源の裏付けがないまま減税を打ち出し49日で退陣に追い込まれたのもイギリス国債が売られて金利が急上昇したことがきっかけといわれている。いま債券市場から発せられている警告のメッセージを政府はしっかりと受け止める必要がある」、山本が「コメ農家はコメの価格が下落しているさなかでの利上げ。コメ価格は乱高下している。現場は大きく翻弄されていた」などとコメントした。
先日行われた沖縄県知事選挙で、初めて日本復帰後生まれの知事が誕生した。次の知事が容認する普天間基地の辺野古移設の行方をどうみるのか。返還合意からの30年の現状を合わせて考える。現職・玉城デニー知事、3度目の知事選は大量のデマや誹謗中傷に悩まされていた。選挙前、すでにその渦中にいたこともあり、早くからこの状況を憂いていた。2023年、中国での沖縄県出身学生との昼食会で激励にカチャーシーを踊る玉城氏。ことし7月になって投稿された。コメント欄には玉城氏や沖縄に対する激しい誹謗中傷が相次いだ。それは選挙戦に入るとさらにエスカレートした。玉城氏の演説会場は度々緊張感に包まれた。写真を高々と掲げ、大声を上げながら周辺を歩き回る人物。写真は普天間基地の移設先辺野古沖で船が転覆し亡くなった女子生徒だ。事故は船の運航団体が玉城氏を支援していたことから、玉城氏への中傷や批判が広がるきっかけにもなり、出馬表明の会見も延期を余儀なくされた。だが、苦戦の予感は7か月前に遡る。2月、衆院選で玉城氏が支援した候補が全敗。それは自らの選挙の基盤が脆弱になることを意味していた。沖縄で自民党候補が全勝したのは、小選挙区制が導入されて以来初めてのことだった。
1か月遅れの出馬表明は、辺野古沖事故の犠牲者への黙祷で始まった。選挙戦は古謝玄太氏、下地幹郎氏と3人を軸に進む見通しだった。それぞれが経済政策を全面に押し出す中、明確に主張が分かれたのが辺野古を巡って。古謝氏は辺野古が最も早い解決策として容認。下地氏は計画を見直すとし、玉城氏は反対し、なお政府との対話を求めた。大浦湾では県知事の権限を奪った国による代執行で埋め立てが進む。経済対策が大きな争点になる中、辺野古を前面に押し出さない7本の政策の柱から辺野古の文字が消えていた。だが、それが一変する出来事が起きる。告示直前、下地氏が自民党本部と政策協定を結び、出馬を取りやめた。自民党本部との4項目にわたる政策合意。その4つ目には、普天間基地の返還期日を明らかにすることが記されていた。それらは実現に向けて努力するという合意だった。両者の間を取り持ったのは鈴木宗男参院議員。地元沖縄県連が頭越しだと抗議したことに釘をさした。下地氏は任せられないと強く批判していた古謝氏の支援に回った。国政6政党の推薦に下地氏の票の上積み。古謝氏は目指す沖縄県町の前で、告示第一声のマイクを握った。辺野古に触れることはなかった。一方、玉城氏が告示第一声に選んだのは母の故郷伊江島をのぞむ場所。2期8年の実績をアピールした後、下地氏が降りたことで辺野古の争点は明確になったと原点にかえっていた。そして地元うるま市でも「辺野古移設では負担魔は返ってこない」と訴えた。そう訴えるのには理由があった。
辺野古への普天間基地移設のきっかけは31年前に遡る。1995年9月、3人のアメリカ兵が起こした少女暴行事件。一報は事件4日後の小さな記事だった。事件は占領下と変わらぬ沖縄の現状を突きつけた。過重な負担の軽減、基地の整理縮小を求める声が高まり、日米両政府は普天間基地の全面返還で合意。しかし、返還は県内移設が条件だったことから、当時の大田知事は受け入れを拒否。事態は曲折をたどる。
31年前、両親とともに事件に抗議する県民総決起大会の会場にいた西由良さん。それからの混迷の30年は西さんの人生の時間に重なる。だが、西さんの世代には葛藤があるという。葛藤の中で立ち上げたのが「あなたの沖縄コラムプロジェクト」。個人の体験を通して沖縄を語る場。約60人の執筆者にそれぞれの視点がある。その1人、玉元花菜さんは事件があった95年生まれ。その時を語る母の言葉を忘れないという。基地の風景が日常に溶け込んでいた人生の時間。その異質さを痛感したのが10年前、同じ20歳の女性がアメリカ軍属に殺害された残忍な事件。自らが生まれた年の原点を思う。玉元さんは「あの県民大会が起きた時に、みんなが願っていたのは他に移せばいいやではなかったと思う。そもそもなくそうという動きだったはず」などと語った。
どう減らすかは、どう移すかに変質した。負担軽減を掲げながらアメリカ軍の能力維持を前提にしていた日米合意の矛盾。移設計画を進めていた1人が当時の沖縄総領事、ケビン・メア氏。メア氏は「矛盾ということではない。2つの目的は両方が重要である。具体的に負担軽減ができて、同時に能力を維持して強化できるか」と説明する。辺野古が唯一の解決策だとする日本政府と、新基地建設が新たな負担で軽減にならないとする沖縄県は激しく対立してきた。メア氏は「歴代の知事たちが妨害しようとした。もし協力したら、もう移設できたかもしれない」などと指摘。だが、アメリカ軍内部には辺野古の滑走路が普天間基地より短く、機能が劣っているとして、辺野古の完成後も普天間をキープすべきとした、いわゆる普天間キープ論が存在する。さらに国防総省の公式文書には「代わりとなる滑走路が日本政府によって選定されるまで普天間は返還されない」と記されている。普天間基地の2700mの滑走路に対して、辺野古の計画は1800mが2本。それを補う長い滑走路の選定が返還の条件とされている。有事の際必要になる長い滑走路とはどこを指すのか。メア氏は「指定されてないけど両政府の合意で。でも想像できるでしょう。那覇の第二滑走路」と示唆した。2020年に完成し、運用が始まった那覇空港第二滑走路。30年前、外務省・防衛庁・在日アメリカ軍による会合の内部文書。この時すでに那覇空港の緊急使用について議論されていた。この問題についての考えを当選後の古謝氏に聞いた。古謝氏は「そもそも国管理。その中でどれだけ要求をできるかは非常に重要。何でもかんでも反対すると逆に強引に進められてしまう」と答えた。
沖縄国際大学の前泊博盛教授は、隣接する普天間基地の変化を目撃してきた。滑走路のかさ上げ工事。嘉手納基地の代替としての機能や兵舎の改築など返還されるはずの基地が日々強化されている。さらに新たな燃料施設の建設が明らかになった。費用は約60億円。そして普天間キープ論をこう評した。前泊教授は「まさに米軍の本音が出ているのがこの発言。つまり辺野古なんかいらないよという話。那覇空港が沖合展開したのは実はそのためのもう1本の滑走路。アメリカ側は言わない。黙っていれば別のもう2つの短い滑走路が手に入る。完成した後で判断した方がいいというのが判断」と話す。玉元花菜さんコラム「アメリカンドーナツ」。普天間基地を取り囲むように市街地が広がる風景を表現している。空洞(普天間基地)はなくなるといわれて30年が経った。玉元さんは「投票することで私の意思はなかったことにできないし、自分の未来に投票しているような気持ちになる」と話す。西由良さんには最近、選挙のたびに本土の人に聞かれることがある。西さんは「沖縄の人はもう諦めてしまったんですかと聞かれて、これまで沖縄の人たちが示してきた全てが忘れられてしまうのだろう。県知事選の結果がどうであれ、沖縄の中でどんな議論があったか、どんな選択がされてきたのかつながっていること。表面的な態度だけではなく、その先に沖縄の人たちが何を求めて投票しているのかを考えてほしい」と話した。その選択は辺野古移設を容認する歴代最年少の知事の誕生だった。辺野古反対を貫いてきた玉城氏は「矛盾がある計画を進めている国に対して、それでは納得しないという県民を代表して、私が主張したことは間違っていない」という言葉を残し去った。第5代沖縄県知事の稲嶺惠一さん。今回の結果の意味を「地殻変動が起きた。従来の沖縄と県民意識が変わった。画期的な転換だったと思う」と考える。地殻変動の予兆は前回の参院選。沖縄で参政党が12万票を集めたことにあったという。歴代8人の知事は保守・革新問わず沖縄の歴史を背負いながら決断を下してきた。稲嶺さんは、沖縄県知事としての国益と県益の間での苦悩を語った。
今回の沖縄県知事選。誹謗中傷の多さや大差の結果も含めて色んな意味で異例ずくめだった。背景を考えた時に、「疲れてしまった」という言葉が象徴的な言葉ではないか。この間、積み上げてきた辺野古反対の民意にも、玉城知事がずっと求めていた対話の要請にも中央政府は顧みることはしなかった。この結果が出た途端に振興費は増額する見通しと、とてもわかり易い。結果の意味を考える時、目の前の点だけではなく、ここまでどういう線が伸びてきたか。それを考えることが重要。その線の先に古謝さんの若さや勢いに刷新感を求めた有権者が多かったと思う。稲嶺さんが指摘した意識の変化。実は古謝さんにも感じるところがある。古謝さんに歴代の知事について聞くと、「もう伝聞でしかないし、遠い存在で答えづらい」と言っていた。理想の知事像も沖縄の知事ではなく、かつての長崎の尊敬する知事の名前が挙がった。ここにもある種の本土化があるのかという気がした。今後、古謝さんが沖縄県知事として国益と県益がぶつかったときに、一体どこに立って、どう行動するのか。そこにこそ、今回が歴史の転換点だったかどうかの答えがある。
アメリカ・カリフォルニア州のニューサム知事は18日、AIの規制に向けて専門家グループを設置し、2か月以内に指針を取りまとめるよう求める行政命令を出した。検討されるのはAI企業への第三者による安全性の監査や、AIが制御不能になった際に強制停止する「キルスイッチ」の導入を企業に義務付けることなど。ニューサム知事は、連邦政府が国民を守る責任を放棄する中、カリフォルニア州は全米で最も協力なAI規制の枠組みを構築していると強調している。
アジア大会愛知・名古屋。バレーボール女子日本代表、20歳の秋本美空選手が大活躍。48年ぶりの金メダルを目指すバレーボール女子日本代表。きのうのインドネシア戦で活躍したのが秋本。試合序盤から強烈なスパイクで得点を重ねた。秋本はチーム最多16得点の活躍。連勝した日本、準々決勝進出を決めた。
2大会ぶりの金メダルを狙うホッケー女子さくらジャパン。優勝すればロサンゼルスオリンピック出場が決まる大事な大会で、初戦7-0で快勝。
あすから始まる卓球。代表メンバーが本番会場で練習した。まずは団体戦で60年ぶりの金メダル獲得へ。国際大会3連勝中の張本美和や兄の張本智和が最終調整を行った。そして、東京で開催される競泳。パリオリンピック銀メダルの松下知之があす、男子200m個人メドレーに臨む。
スポーツクライミングの国際大会で、アジア大会代表の大政涼が快挙達成。高さ15mの壁を登る速さで競うスピード。この種目、日本人初の金メダル。
来月11日午後1時半から「報道特集スペシャル」を放送する。「報道特集」は来週からアジア大会などの放送のため、番組はお休み。
エンディングの挨拶をした。
