2026年3月16日放送 22:45 - 23:30 NHK総合

大河ドラマ「豊臣兄弟!」がもっと面白くなる!
天下統一へのモノがたり

出演者
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(オープニング)
豊臣兄弟!がもっと面白くなる!天下統一へのモノがたり

大河ドラマ「豊臣兄弟!」。いよいよ京都に舞台を移し、戦国の世を駆け上がっていく。主人公の秀長が兄・秀吉を支え、天下統一を成し遂げる物語である。豊臣兄弟!をもっと楽しむため2人にゆかりのモノをご紹介。浮かび上がってくるのは秀長と秀吉の異なる個性。さらに天下統一を成し遂げた秘策が明らかに。

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大河ドラマ 豊臣兄弟!
オープニング

オープニング映像が流れた。

(大河ドラマ「豊臣兄弟!」がもっと面白くなる!)
モノから見えるモノがたり

土佐兄弟が「豊臣兄弟!」について話し、豊臣兄弟の母・なか役の坂井真紀さんも登場。女手1つで豊臣兄弟を育ててきた母は息子たちの出世に戸惑いを感じながらも温かく見守り支えていく。仲野太賀さんと池松壮亮さんが本当の兄弟みたいなどと話していった。

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仲野太賀池松壮亮
秀吉と秀長の肖像画

本日最初の貴重な文化財は「肖像画」。豊臣秀吉の肖像画の代表的な4点が紹介。弟・秀長の肖像画は残されているものが少なく、貴重な4点が紹介された。

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豊臣秀吉豊臣秀長
秀長の肖像画はなぜ1枚だけ違う?

肖像画の秘密を探ろうとやって来たのは大阪歴史博物館。館長の大澤研一さんは戦国時代に詳しく豊臣兄弟にまつわるモノを集めた展覧会に向け準備をしている。なぜ1枚だけ違うのかというと秀長の死後200年経った江戸時代に作られたものであった。その謎の答えは秀長が収めた大和国である現在の奈良県にあった。大和国は寺社勢力が強い影響力を持っていた地域で多く の町では人々は商売をしたくても寺社からの許可を得なければ始められなかった。秀長は当時の中心地・奈良ではなく大和郡山を新たな拠点とし大和国の経済改革に乗り出した。その改革の中身が分かるのが「郡山惣町分日記」で当時の大和郡山の町の名前を記した資料である。寺社勢力に対しての配慮も忘れず、その象徴が「釣灯籠」で銅でできた本体に透かし彫りという伝統装飾がふんだんに施されている贅沢な灯籠である。秀長はこうした高級な工芸品を寄進したり資金を援助するなど、寺社勢力とも友好な関係を築いていた。ところがこの町に拠点を置いてからわずか6年後、体調が悪化し亡くなってしまった。しかしその志は人々に受け継がれ、大和国全体の発展へとつながっていく。そして秀長は神格化され崇め奉られるようになっていた。

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大阪歴史博物館奈良県秀長公二百回忌留書豊臣秀長豊臣秀長像郡山惣町分日記釣灯籠
“肖像画”で英長を深堀り!

ユニークな発想と配慮に満ちた対応。そんな秀長の姿はドラマの第1話から描かれていた。大澤研一さんがスタジオに登場し、戦国時代の肖像画には描かれた人の情報が凝縮されているとのこと。

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豊臣秀吉豊臣秀長
土佐兄弟の兄弟愛

土佐兄弟が兄弟愛について話していった。

“手紙”から読み解く個性の違い

続いてのモノは「手紙」。秀吉は生前に膨大な数の手紙をしたためており、現在確認されているだけで7000通あるといわれている。特に秀吉の個性を表すものが秀長に送った手紙であり、秀吉はすごく強気だったとのこと。秀長の手紙にも個性を読み取れる貴重なモノがあり、やって来たのは「天野山 金剛寺」で秀長が厚く進行した寺の1つである。ここに残されている1つの手紙に秀長の人柄が現れているという。上半分だけを使ってしたためており、陣中見舞いに対し秀長が感謝の念を伝えるものである。陣中見舞いに送られたのは金剛寺に古くから伝わる名酒・天野酒だったとのこと。当時秀長の軍勢は戦が長期化し対応に追われておりそこにうまい酒が送られてきて、秀長は深い感謝を伝えようと金剛寺に手紙を出していた。秀吉は一本気でひとつの目標に向かうが秀長はいろいろなことを同時に考えられるとのことだった。

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秀長が所有していた逸品

秀長は腰が低くて謙虚な人という印象があるかもしれないが、印象が変わるかもしれないモノを紹介。秀長も秀吉と同様に茶会を好み度々客人をもてなしており、秀長が実際に使っていた抹茶を入れるための茶入れである「肩衝茶入銘 薬師院」は織田信長・豊臣秀吉・徳川綱吉という天下人が所有してきたといわれている。その中に名を連ねる秀長は今では補佐役と呼ばれているが、実はとんでもなく偉い人であった。

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豊臣兄弟と“城”

3つ目の貴重な文化財・モノは「城」。やって来たのは奈良・郡山城で秀長が大和国を治める拠点とした場所であり、今も巨大な石垣が残っている。そこにはお地蔵さまが使われており、郡山城が作られていたのは豊臣兄弟が天下統一に向けて基盤固めをしていた時期であった。大阪城や和歌山城など、現在の近畿地方という同じエリアでいくつもの城を作っていた。人も資材も不足してしまったため、郡山城の石垣にお地蔵さまが使われていたのはそんな事情だからであった。どうすれば早く多くの城をつくれるのかという課題解決に豊臣兄弟が工夫したと思われるものがあり、郡山城から出土した瓦である。この瓦は秀吉が同じ時期に作った大阪城の瓦と比べてみると興味深い事実が浮かび上がってくる。大阪城跡出土瓦は金箔が残る秀吉らしい瓦だが郡山城の瓦と重ねてみるとぴったり同じとなっていた。当時の瓦は城の建築現場で型を作り製造するのが一般的で瓦は城ごとに異なるが、同じ型から瓦を量産し両方の城で使えるシステムを秀吉と秀長が作り上げていたと推測できる。

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兄弟で作り上げたシステム

大澤研一さんは「戦国時代というのは地域地域を治めている大名が別におり、今のような技術もそれぞれでローカルな技術がふつうは使われているが秀吉と秀長が全国を統一していくという経過の中で技術が同じレベルにそろっていくという動きが見えてくる」などと話した。ドラマでも豊臣兄弟が当時の常識を打ち破るシステムを生み出すシーンがあるとのことでその映像が流れていった。

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モノから見えるモノがたり!

今回のモノたちも含めた展覧会が行われる予定で大澤さんも準備に携われているという。大澤研一さんは「きょうモノを見るヒントというか見方のようなものがいくつか紹介できたかと思うので、それを皆さんに頭の中にしっかり記憶していただいて展覧会を楽しんでいただけたらと思う」と話した。坂井真紀さんは「モノをじっくり見ることによって昔の人からメッセージをもらっているような気持ちになった」と話した。最後に土佐兄弟は「ドラマに出たいね。信長のモノマネ芸人として」「大河ドラマ「豊臣兄弟!」これからも楽しんでいきましょう」と話した。

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(エンディング)
エンディング

エンディング映像が流れた。

(番組宣伝)
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