- 出演者
- 神田阿久鯉
講談師・神田阿久鯉が名馬・オグリキャップを熱い語りで蘇らせる。
- キーワード
- オグリキャップ
競馬にはJRA(日本中央競馬会)が主催する「中央競馬」と地方自治体が主催する「地方競馬」がある。岐阜・笠松町の笠松競馬場は地方競馬場。昭和62(1987)年に笠松競馬場にやって来たオグリキャップは芦毛だった。全身が灰色がかった芦毛の馬は速く走れないといわれていた。デビュー戦は800m。短い距離のため勝敗のカギはスタート。大きく出遅れたが、追い上げてクビ差の2着となった。スタートで出遅れるが、ゴール直前で抜き去るレース運びが人気となった。デビューから12戦で10勝したオグリキャップは昭和63(1988)年に中央競馬へ移籍した。
中央競馬へ移籍したオグリキャップの厩務員となったのは池江敏郎(52歳)。厩務員は馬の身の回りの世話をする相棒。厩務員がよくないと馬は走らないといわれる。地方から出てきた池江はオグリキャップに自分の姿を重ねていた。昭和63(1988)年3月6日に中央競馬デビュー戦を迎えたオグリキャップは圧倒的な強さで勝利した。そこから6連勝したオグリキャップはGIレース天皇賞・秋に出走。タマモクロスに敗れて2着だった。白い稲妻と呼ばれた現役最強馬にジャパンカップでも敗れた。打倒タマモクロスのために池江が調教師や騎手と考えた作戦は有馬記念が行われる中山競馬場での調教。作戦が実り12月25日に開催された有馬記念でオグリキャップはタマモクロスに勝利して日本一となった。
躍進を続けるオグリキャップの人気は社会現象となった。ぬいぐるみは飛ぶように売れ、若い女性が競馬場に詰めかけるブームとなった。平成2(1990)年6月にオグリキャップは関節が炎症を起こす右飛節軟腫になり、温泉療養施設でのリハビリを余儀なくされた。10月に秋の天皇賞で復帰したが6着に敗れ、翌月のジャパンカップでも11着に敗れた。6歳のオグリキャップは競走馬としてのピークを過ぎており、12月の有馬記念で引退することが発表された。騎手は当時21歳だった武豊。12月23日に有馬記念が行われた中山競馬場には17万人以上が詰めかけた。単勝オッズは4番人気とオグリキャップの勝利を信じるものは多くなかったが、見事に勝利してラストランを飾った。レース後には観客からオグリコールが沸き起こった。通算成績は32戦22勝。獲得賞金は9億円だった。
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