- 出演者
- 神田愛花 柴田英嗣(アンタッチャブル) 山崎弘也(アンタッチャブル)
東京都品川区・中延商店街で気になる箱を調査。理容店のシャンプー台横に置いてある無印良品で20何年前に買ったという箱は、顔濡れ防止のフェイスシートがジャストフィット。靴・カバン・ズボンなどを直してくれる修理店「あーる工房」の店内にある箱(段ボール、プラスチックの箱、白い恋人の缶)には、ソールの修理部品や傘の修理部品が入っていた。
オープニング映像。
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- 東京国際空港
アンタッチャブル(山崎弘也、柴田英嗣)と神田愛花がオープニングトーク。山崎は「開封好きなのよ人類は。箱ブーム来ている。温泉も箱根がすごいらしい」などとコメントした。
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- 箱根(神奈川)
若者から外国人まで集まるレトロな空間、岐阜県高山市「高山昭和館」で調査。生前整理で施設に寄付する現象が、倉庫に未開封の箱が眠っているに違いない。高山昭和館は昭和の街並みを再現した博物館。2007年に開館、大衆食堂や町の病院などを展示。カセットテープ自販機やローラー式の洗濯機なども展示されている。箱が眠る倉庫へ。古くて重い木箱の中にはローラーでインクを塗って髪に印刷する昔の印刷機、重い革製の箱の中には二眼レフカメラが入っていた。向かいで理髪店を営む小林さんの倉庫へ、“戦争着物”と書かれた段ボールの中身は?。
箱の中身は?、昭和の家庭にあった朝の必需品、昭和30年代に普及した焼き上がるとパンが飛び上がる「ポップアップ型トースター」。大きくて重い茶色のショルダーバッグの中身は?、昭和50年代に登場した持ち運び可能な「ホームビデオカメラ」。
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昭和レトロ収集家の小林さんの倉庫へ。妙な機械はなんだろな?、正解は「パーマをかける機械」。日本初のパーマ指導を始めた美容回の草分け・山野愛子が作った。実家が代々理容室、終戦後パーマが流行したという。“戦争着物”と書かれた箱の中身は?、明治から昭和にかけて約50年間出回った戦争をモチーフにした柄の着物。戦前の子どもたちが夢中になった人気漫画「のらくろ」柄の着物もあった。
羽田空港とANAが全面協力。羽田空港にはどんな箱があるのか?。羽田空港第2ターミナルへ、お土産を扱う店は30店舗以上。1951年に創業した洋菓子の老舗「クラブハリエ」に運ばれた箱の中身を調査すると、羽田空港限定商品で飛行機整備士の工具箱をイメージした「プティアソート羽田空港限定パッケージ」、焼き菓子が3種類が入ったものだった。
羽田空港にはどんな箱があるのか?。羽田空港第2ターミナル2F出発ロビーへ。約330名が24時間体制で空港を清掃しており、イギリスの航空業界調査会社が発表した世界550以上の空港を対象とした評価で羽田は世界一清潔な空港として11年連続1位を記録。世界一の清掃員に欠かせない箱の中身を調査すると、用途別に色分けされたトイレ掃除用のタオルなど徹底した気配りが箱に詰まっていた。キャリーケースのタイヤの破片は清掃スタッフ最大の敵。放置しておくと歩行者に踏まれる度に汚れが広がってしまうという。
羽田空港第2ターミナル5F展望デッキへ。飛行場の箱といえばコンテナ。コンテナは正方形ではなく、角が欠けている理由は?。箱に関して疑問が次々と、飛行場への立ち入りが許可され確かめに。角が欠けたコンテナには乗客が預けた手荷物が入っていた。コンテナには約40個のスーツケースが入る。コンテナ1個が約1t。1回のフライトで約8tの手荷物を積み込む。荷物は両手で持ち破損を防ぐ。コンテナはロンドン行きボーイング777へ。貨物室の床面にはローラーが敷き詰められ、重いコンテナをスムーズに移動できる。貨物室の横のバルクカーゴルームはペットや短時間での乗り換えが必要な乗客の手荷物など、一番最初に降ろされる荷物を収納する。コンテナの角は積載量を最大にするため貨物室の断面に合わせている。
展望デッキで箱をもう1つ発見。空港でおなじみ大きなトラックだが、荷台が上昇し飛行機のドアとドッキング。この箱の中で何が起きているのか。箱の中は機内食を積んだカート。ANAケータリングサービスは調理・盛り付け・カートへの機内食セッティング、空港への搬送・機内への積み込みを行っている。8月の機内食、ロンドン行きエコノミークラスは「鶏てりやき丼」、「デミグラスビーフハンバーグ八穀ライス添え」の2つから。2階から機内食の搬入を行うのは1階が機内から回収した食器を洗うエリアで交差汚染を防ぐほか、キッチンから機内食を最短ルートで積み込める。
開けた箱の中身は気仙沼産トロ鰹を一口頂いたスタッフは「めちゃくちゃ美味しい。トロトロですぐ溶けるくらい脂が乗ってる。」などとコメントした。お店の名は「sakana bacca」。都内に8店舗を展開し、仕入れは豊洲市場だけでなく地方からの産地直送でもしている。地元でも流通しない珍しい魚も集まっている。
次に訪れたのは江東区・砂町銀座商店街。果物屋さんにお邪魔し、協力をお願いすると古い箱からちょうど移し替えたばかりのG.I.ジョーのフィギュアや古銭などガラクタと呼ぶ主人の宝物が出てきた。そのなかに「布銭」という2000年以上前に中国で使用されていた通貨があった。現在では高値で取引されることもあるという。さらにお祖父さんから受け継いだという満州鉄道関係の品も出てきた。1931年の満州事変をきっかけに日本は今の中国東北部・満州へ進出。国策の名のもとに多くの日本人が開拓団として移住。祖父も満州鉄道の敷設に従事し、ロシアが攻めてきたときに中国の世話していた人が助けてくれたという。
スタッフはよろず屋さんを訪れた。店主の渋田さんは「旧大蔵省」を退職後、大手運送会社で経理責任者をつとめ、その後思い立ってここにお店を開業。人とのふれあいを生業に、その思いからなんでも引き受けるよろず屋になったという。渋田さんは開け方が分からず誰も開けたことがないという寄木細工の箱を持ってきた。中身は分からないとのこと。伝統工芸・寄木細工の「秘密箱」はからくり箱とも呼ばれ、カギのないパズルのように組まれた外側をずらしたり動かしたりして開ける仕組み。スタッフはロケ車に戻りパズル系が得意な高野カメラマンに挑戦してもらった。すると10分もかからず開いた。しかし中身は空っぽだった。
国立科学博物館では、マッコウクジラの標本・ダイオウイカの標本など、貴重な標本を大量に保管するための巨大な箱がある。茨城県にある国立科学博物館筑波研究施設では、自然史標本棟に何百万体もの生物の標本を保管。施設内には、1970年ごろに当時世界で10番目の大きさだったヒグマ(アラスカ)のはく製など、哺乳竜のはく製が沢山保管。また施設内にあった特選ぽんかんの箱を開けさせてもらうと、大量のナットとワッシャーなどが入っていた。果たして何に使うのか。
はく製の前の箱の中に入っていたのは、ナットやワッシャー。足の裏から出るネジと土台をネットで固定するための箱だという。外国製のはく製はネジの規格が違うとのこと。さらしが入っている箱を発見した。さらしははく製の固定や保護に重宝されているのだそう。続いて、カバンと帽子が入った箱を発見。はく製を寄贈した人の私物で、ハワイの日系二世のヨシモトさんの遺品も管理している。ワトソン・T・ヨシモトさんは、ハワイで建築会社を経営しながらハンターとしても活躍していて、捕獲した動物のはく製ミュージアムを自費で設立した。ハワイの子どもたちのために、標本・はく製を集めるようになったとのこと。後世に残すために、国立科学博物館に寄贈した。また、違う箱にはレオポンの飼育記録が入っていた。レオポンは、大ブームの末に1985年に最後の1頭が亡くなり、絶滅してしまった。国立科学博物館では、レオポンのはく製も展示されている。別の箱の中には、タイポンの記録もあった。タイポンは結局生まれなかったのだそう。
保管庫に保管されていたのは、世界で初めて日本で発見された、1800万年前に日本周辺で生息していた絶滅哺乳類「デスモスチルス・ジャポニクス」の化石。1898年に岐阜県で発掘され、いまでも世界の研究者たちが見に来るということ。
