- 出演者
- 福澤朗 今田耕司 菅井友香 ZAZY
オープニング映像が流れた。
今日のゲストはピン芸人のZAZYさん。ZAZYさんは1988年に大阪府・泉南市で生まれ、塾経営者の父の影響で勉強に励み、東京理科大学経営学部に進学する。ただ1年ほどで中退し、NSC大阪校に33期生として入学した。2013年に芸名をZAZYにし、2016年にテレビで紙芝居ネタを披露し、歌手の松任谷由実さんがこのネタに大受けして自身のライブやラジオなどに呼ばれるようになった。2021年・2022年のR-1グランプリでは準優勝し、現在も活躍している。
ZAZYさんが持ち込んだお宝は西村計雄の油絵。ZAZYさんの叔母が所有している物で、40年ほど前に叔母が西村計雄の個展で90万円で購入したという。本人評価額は100万円で、結果は本物だったものの相場の変化によって50万円だった。
今回の依頼人は京都市に住む北川なつさん54歳。依頼品は「戦前のお菓子のパッケージ・おまけ・賞品」。日本においてお菓子が普及するようになったのは明治時代。開国に伴い様々な西洋菓子が輸入され、やがて国内でも作られるようになった。依頼品はこの頃誕生したメーカーによる戦前のお菓子のパッケージとおまけや賞品。森永製菓は1899年、アメリカで洋菓子の製法を学んだ森永太一郎が東京で創業。太一郎はいち早く洋菓子の量産化に踏み切り、1914年にはポケット用紙サック入りミルクキャラメルを発売した。依頼品の丸缶ドロップスは1930年に発売。子どもたちに人気を博したが、やがて戦争が激しくなると兵士たちに贈る慰問袋に入れる品としても重宝された。森永ミゼットは1933年に発売されたおまけ付きのキャラメル。大箱は市販された小箱が84個入る業務用。おまけは戦時中に作られたもので、高射砲や勤労ハタキなど当時の世相を反映している。
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- グリコビスコ京都市(京都)実業之日本社新装版 認知症のある人って、なぜ、よく怒られるんだろう?東京日日新聞東京都森永ミゼット森永太一郎森永製菓森永西洋菓子製造所江崎グリコ米津風月堂認知症都新聞
明治の前身・東京菓子は1916年に設立された。依頼品のカルミンは黎明期の1921年に発売されたタブレット型清涼菓子で、カルシウムを加えたミント風味が名前の由来。江崎グリコは創業者の江崎利一が故郷の佐賀県で牡蠣に含まれるグリコーゲンをキャラメルに練り込むことを思いついたのが始まりだという。1921年、大阪で会社を設立し翌年に栄養菓子グリコを発売。その5年後、グリコにおまけとして小さなおもちゃが付くようになり、現在も続いている。依頼品はグリコの紙製の箱や缶などのパッケージの他、おもちゃが9点。そのうち4点は箱まで残っている。松尾製菓所の地球星ドロップスは大正初期から売られていたが、このデザインの缶は1937年~41年頃のもの。タンクロー飴は阪本牙城の漫画「タンク・タンクロー」の主人公、クロベエアメは田河水泡の漫画「凸凹黒兵衛」の主人公がデザインされている。
「戦前のお菓子のパッケージ・おまけ・賞品」の本人評価額は30万円。結果、鑑定額は40万円だった。TOYMUSEUM館長・北原さんは「探してもないもの。状態もものすごくいい」などと評価。
長野県安曇野市には数多くの美術館が点在し、それらを結ぶ道は「安曇野アートライン」と呼ばれている。碌山美術館には荻原守衛の作品が展示され、明治以降に造られた彫刻で初めて国の重要文化財に指定。またわさびの生産量が日本一。
長野県安雲野市に住む、鑑定団を開始当初から視聴している吉野さんのお宝は「木戸孝允の書」。本人評価額は80万円だったが、結果鑑定額は2000円。ギャラリーやすこうち店主・安河内さんは「本当に申し訳ないが、偽物」と評価。
加藤えりかさんが持ち込んだお宝はエミール・ガレのランプ。30年ほど前に飲食店を営んでいた義母が常連客から紹介されたコレクターから格安で購入したもので、本人評価額は100万円。
上條義典さんが持ち込んだお宝は中国漢時代の緑釉の器。墓に埋葬される副葬品で、死後の世界でも食べ物に困らないようにという願いを込めて食料を貯蔵する倉庫の形をしている。2年前にネットオークションで落札したもので、本人評価額は50万円。結果は後漢時代の本物で80万円。
川上敬子さんが持ち込んだお宝は鶴が描かれた六曲一双屏風。2年前に実家を解体した際に発見したもので、本人評価額は100万円。結果は狩野梅笑の弟子で安曇野出身の江戸時代後期の絵師、狩野梅玄の作品で150万円。
小林光昭さんが、染付の大皿を鑑定依頼した。小林さんの評価額は30万円だったが、鑑定額は15万円。
井澤康樹さんは、式正織部流の師範。式正織部流は、戦国武将の古田織部が始めた茶道。井澤康樹さんが、式正織部流の基礎を解説した。井澤康樹さんがスタジオに登場し、松尾芭蕉か書いたとされる書状の鑑定を依頼した。松尾芭蕉は俳聖と呼ばれ、江戸屈指の人気の師匠となった。松尾芭蕉は1689年に、奥羽北陸路600里の旅に出かけた。松尾芭蕉は5年間推敲し、1964年におくのほそ道を完成させた。松尾芭蕉は、51歳で他界した。
番組では、鑑定依頼のお宝を募集している。
WBSの番組宣伝。”新トランプ関税”発動で負担増?。
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