- 出演者
- 古田新太 大倉忠義(SUPER EIGHT) 村上信五(SUPER EIGHT) 横山裕(SUPER EIGHT) 丸山隆平(SUPER EIGHT) 安田章大(SUPER EIGHT) 中森明菜 高橋茂雄(サバンナ) 一青窈 本間昭光 アサヒ(Little Glee Monster) 川田裕美
オープニング映像。
今回は中森明菜が登場。中森は1982年に「スローモーション」でデビューし、オリコントップ100位以内に41週間もランクインする異例のロングヒットを記録した。その3ヶ月後にリリースした「少女A」は約40万枚を売り上げ一躍トップスターとなった。85年・86年に中森は女性アイドルとして初めてレコード大賞を2連覇した。これまで当番組でも中森を多くのアーティストが絶賛してきた。昨年には中森をリスペクトしているAdoが84年のヒット曲「十戒」をカバーした。2010年10月中森明菜は疲労の蓄積から活動休止。2014年には紅白歌合戦にサプライズ出演し、2016年にはニューシングルをリリースした。その後に長期休業に入った中森は2022年にデビュー40周年を迎えたことを機に再始動し、2025年には小室哲哉のお招きで野外フェスに出演して完全復活を遂げた。そんな中森への貴重なインタビューが実現した。
2025年5月に中森明菜の曲をカバーし、トリビュート・コンサートで共演した一青窈らは「セカンド・ラブ」のジャケットの背景がアイドルなのに黒というのが陰と陽の陰で不良っぽさもありカッコイイと思ってきたなどと明かした。7月1日に10年ぶりのニューシングル「ごめんと、すきと、」をリリースした中森は近年の精力的な活動について、体調を崩しての休業であったため早くファンたちと一緒に楽しい時間を過ごしたいと感じていた中で、体調が良くなってきたタイミングで野外フェスへの誘いがあって出演が実現し、ステージで見たファンたちの喜んでくれている姿見えて、思わず生きているよと伝えてしまったなどと明かした。休業期間中も音楽は近くにあったのかについて、中森は最近では米津玄師が好きなどと語った。中森がデビューした82年はアイドル黄金期であり3か月に1度のペースで新曲をリリースしていた。本間らは80年代のアイドルたちは皆が皆個性がありながらもサウンドも素晴らしかったなどと告げた。
当時のアイドルは女の子らしい衣装やフワフワした髪型が主流であったが中森はデビューから4年後の1986年2月に「DESIRE-情熱-」をリリースし、着物をアレンジした衣装におかっぱ頭でステージに立っていた。1988年5月リリースの「TATTOO」で中森はミニスカートのボディコン衣装を身にまとい、これらは中森自身でセルフプロデュースしていたと言われている。そのことについて中森は、全て自分で決めおり、デビュー当初はふわふわのアイドルが好きでデビュー曲「スローモーション」は気に入っているが、「少女A」はツッパリソングとまで言われていて好きにはなれずジャケット写真も睨んだようなものを採用されてしまったため、その次の「トワイライト -夕暮れ便り-」あたりからは自分が採用するものを選ぶようになったなどと明かした。「DESIRE-情熱-」の着物ドレスについて中森は、中森明菜像が出来上がっていた頃で極端なことをしたいと感じ、激しい歌に対しておしとやかな着物でジャケットを撮りたいと志願して、ステージでもそうした衣装を着用することになり、髪型は日本人形をイメージしていたなどと告げた。
1988年5月リリースの「TATTOO」でミニスカート衣装姿を披露していたことについて中森は、楽曲を聞いた瞬間にあの姿で歌う様子がぱっと頭の中に出てきて、第三者目線で提案していたが自分自身ではミニスカートは絶対着たくなかった自分で言ってしまった手前やらなくてはならなくなったなどと明かした。一方で小泉今日子と楽屋でメイクが隣になった時、メイクスタッフに自分は細かく指示してしまっていたが、小泉に言い過ぎだと指摘されれ、我を通すにも限度があるのだと教わり、当時から小泉は姉のような存在で失敗しても言葉やアイコンタクトで安心させてくれていたなどと伝えた。
本間は中森は当時としては声を音色としてコントロールしている珍しいアイドルで朗々と歌うAメロと激しく歌うサビがあることで中森さがあったなどと語った。中森は力強いロングトーン、ウィスパーボイスなどいくつもの声色を操る歌唱力が持ち味などと伝えた。
アサヒは「大人の恋の切なさを見事に感情を乗せ歌い上げた名曲」として「セカンド・ラブ」を紹介した。本間は「井上陽水の曲を圧倒的な歌唱力と表現力で歌い上げたヒットソング」として「飾りじゃないのよ涙は」を紹介。一青窈は「十戒」を紹介。本間は松岡直也作曲、康珍化作詩の「ミ・アモーレ〔Meu amoré…〕」を紹介。一青窈は「歌い方の参考にした」として「SOLITUDE」を紹介。
本間からの質問「オリジナリティ溢れる歌唱はどのように生まれた?」について中森は、レコーディングした自分の歌声をヘッドホンで確認しながら、楽曲や歌詞に寄り添ったより合う声色を自分自身で探っていき、パターンを作って歌っては手探りで完成を目指していたなどと明かした。一青窈からの質問「大物アーティストからの楽曲提供について」では中森は、大物アーティストのような方々からは名を借りてしまう気がして極力楽曲提供は控えてもらうよう伝えていたが、事務所の決定により井上陽水などから楽曲提供された際には大物アーティストの世界観を守るためにこだわっていた事があると告げた。
中森は井上陽水など大物アーティストから楽曲提供された際には大物アーティストの世界観を守るために、先に仮歌をレコーディングしてこちら側の歌い方をチェックしてもらい、OKである場合だけ本番をレコーディングするようにしていたなどと明かした。加藤登紀子による楽曲提供の「難破船」では、中森は加藤本人からテープをもらい、あなたが歌うべき曲だと言ってくれ、曲を聴いた瞬間に次に自分がリリースする楽曲はこれだとレコード会社通さずに自分だけで決めていたなどと伝えた。7月17日にMUSIC STATIONに中森が出演し、「難破船」と10年ぶりのニューシングル「ごめんと、すきと、」を生披露すると告知した。
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