海援隊は1974年に「母に捧げるバラード」でブレイクしたがわずか1年で人気が低迷した。1974年頃のフォークソングのテーマは「反抗と旅立ち」だったが、1975年にベトナム戦争が終結したことなどをきっかけにこのテーマが一気に投げ出されたという。ここからテーマは「帰還と小さな物語」に変化し、松任谷由実さんや井上陽水さんらがこのテーマを見抜いてヒット曲を生み出した。武田さんは「当時はテーマが変わったと思いもしなかった。歌は時代の流れの渦から生まれ、その渦の中心には必ずテーマがある」などと話した。
武田さんは1977年に「幸福の黄色いハンカチ」に出演。さらに谷村新司さんが事務所に誘ってくれたという。こうした中で武田さんと谷村さんの元に鉄道会社から「旅」をテーマにしたCMソングの依頼があり、武田さんも谷村さんも「ふるさと」の歌詞を参考にして旅の歌を制作した。ただ2つの歌には大きな違いがあり、武田さんは歌の主人公を男性に、谷村さんは歌の主人公を女性にしていた。武田さんは「時代の主語はこの時既に女性になっていた」などと話した。
武田さんは1977年に「幸福の黄色いハンカチ」に出演。さらに谷村新司さんが事務所に誘ってくれたという。こうした中で武田さんと谷村さんの元に鉄道会社から「旅」をテーマにしたCMソングの依頼があり、武田さんも谷村さんも「ふるさと」の歌詞を参考にして旅の歌を制作した。ただ2つの歌には大きな違いがあり、武田さんは歌の主人公を男性に、谷村さんは歌の主人公を女性にしていた。武田さんは「時代の主語はこの時既に女性になっていた」などと話した。
