TVでた蔵トップ>> キーワード

「アンリ・マティス」 のテレビ露出情報

坂本繁二郎は、日常のありふれた物に美を見出し独自の画境を確立した画家。1882年、福岡県久留米市に生まれる。天才画家「青木繁」と同級生で、2人は地元の画家に弟子入りした。友でありライバルだった。20歳で上京し、小山正太郎率いる不同舎に入門した。青木はそれより前に東京美術学校に進学していて、上達ぶりに触発されてのことだった。青木はその後肺炎を患い、28歳で他界してしまう。坂本は東京府勧業博覧会で三等賞を受賞したことにより、徐々に頭角を現していく。繰り返しモチーフにしたのが「牛」当初は柔らかな色調だったが、次第に色濃くなっていき最終的には黒を主体にした水墨画のようになった。夏目漱石は「坂本の牛には精神的な奥行きがあり、見ていると深く考えさせられる」と高く評価した。坂本が目指したのは、日本人独特の感性である”内面に潜む何者か”を油絵で表現することだった。39歳の時フランスに留学した。当時のパリは、キュビスムやフォービスムが流行していたが、坂本は染まることなく写生に明け暮れ自らの目標に修正が必要ないことを確信していた。何も成果がなかったわけではなく、淡い色彩と薄塗りのマチエールはより洗練されたものになっていった。3年後帰国し、八女にアトリエを構える。この頃好んで描いたのが”馬”だった。光の当たり方によって、微妙に変化する肌の色や骨格の陰影、優しい瞳に飽きることなく描き続けた。還暦を過ぎ、視力が弱くなった坂本は静物画に取り組んだ。物が存在することに畏敬の念を抱いていた坂本にとって、目の前の煉瓦も瓦も牛や馬と変わらぬモチーフだった。特に、能面を好んでいたという。最晩年に挑んだのが”月” 87歳で亡くなるまで絵筆を離さず、精進を続けた画家だった。依頼品は「坂本繁二郎」の油絵。若い女性を表した小面が描かれており、坂本を思わせる。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年1月19日放送 19:00 - 20:54 日本テレビ
笑神様は突然に…建築好き界隈
パレスサイド・ビルディングは毎日新聞社など約120社のオフィスや商業テナントが入る巨大複合オフィスビル。建築の着工は約60年前、最先端の技術を駆使した画期的な建築様式だった。ルーバーは細長い板を平行に複数並べたもの。デザイン・日よけ・雨どい・足場という一石四鳥。通常階段は裏側に柱を固定したり片側を壁に固定している。編み込んだステンレスで階段を支えることで柱な[…続きを読む]

2025年1月12日放送 7:00 - 7:30 フジテレビ
ボクらの時代(ボクらの時代)
旅行についてのトークでは、赤楚さんは石川や仙台など各地を巡っているが夜もスナックで地元のおじさまに地元の歴史を聞きながら過ごしていると話していた。上白石さんも画家・マティスの絵を見るためにフランスのニースまで足を運んだという。趣味について赤楚さんは筋トレとともにゴルフも楽しんでいるといい、ゴルフを楽しんでいると悩みが吹き飛ぶのが好きだという。中島さんはカメラ[…続きを読む]

2024年11月21日放送 23:15 - 0:15 テレビ朝日
アメトーーク!ひとり暮らし長〜い芸人
河井、リリー、吉村の部屋の映像を紹介した。河井の部屋にはワインセラーがあり、季節に合わせた花が飾ってあった。リリーの部屋にはマティスやピカソの版画の版画が飾ってあった。吉村の部屋にはグランドピアノがあった。

2024年10月22日放送 19:00 - 21:00 日本テレビ
はじめまして!一番遠い親戚さん一番遠い親戚さん
武者小路実篤の孫の知行さんに会いに行った。武者小路実篤はまだ注目されていなかったゴッホに惚れ込むなど芸術にも造形が深かった。我が道を信じて突き進んだ文豪の言葉は今も多くの人の心に響いている。また、昭和の喜劇王古川ロッパは18親等。

2024年8月3日放送 10:00 - 10:30 テレビ朝日
題名のない音楽会パリだからこそ生まれた名曲の音楽会
ストラヴィンスキーが作曲した「火の鳥」より「魔王カスチェイの凶悪な踊り」を紹介。「バレエ・リュス」を旗揚げしたセルゲイ・ディアギレフは、パリで活躍する芸術家から最先端を取り込んでいたという。

© 2009-2025 WireAction, Inc. All Rights Reserved.