2007年、開票予定の日はあと2年に迫っていた。プロジェクトはclass395専用工場をイギリスに建て、そこに車両を運び込んだ。入社4年目の小西健太がトラブルの対応にあたった。小西はブレーキやカメラなど車両のトライブルを次々に解決していった。しかし、すぐに治ると思っていた電光掲示板とアナウンスがどうしても機能しなかった。このままでは緊急時に乗客の避難誘導すらできない。原因は電圧の差。電圧が変わるとき、部品に負荷がかかり掲示板の表示とアナウンスが消えていた。何度も設計を変更し試験走行を繰り返した。試験走行を安全に行なうため小西とタッグを組んだのはダン・バレットだった。ダンは日本人も驚くほど几帳面な男だった。配線の設計を変更すればすぐにやって来て事細かく聞き取った。ある日、ダンは「お前は牢屋にいきたいのか?」と小西に怒鳴りつけた。小西はダンへの情報共有を失念するようになっていた。その後、小西はダンに何でも相談するようになった。営業開始まで2か月。しかし電光掲示板とアナウンスの問題は解決されなかった。正井は全国の工場に恥を忍んで不具合を共有し、助けを求めた。その時、やって来たのが鳥越誠だった。鳥越はすぐにイギリスに行き最新の機器を使って調べた。原因を突き止め、ノイズをカットする特使なフィルターを電気回路の1つの場所に組み込んだ。すると掲示板とアナウンスが正常に動き出した。2009年12月、class395は予定通りに営業開始の日を迎えた。開業式にはイギリスの首相も駆けつけ「納期も、予算も守った」と称賛した。その後、class395は26万キロ故障せずに走り続けた。class395はイギリスの大動脈として人々の暮らしを支えている。
