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「トントン」 のテレビ露出情報

上野観光連盟二木忠男さん、神田外語大学教授興梠一郎さんを迎えた。上野のパンダシャオシャオ・レイレイは来年2月20日が中国への返還期限だったがきのう来年1月26日~31日の間に中国へ返還される見通しと発表があった。2頭が返還されると1972年以降初めて約50年ぶりに国内からパンダがゼロになる。興梠さんは「要するに政治案件、日本だけでなくてアメリカもありいなくなるときに米中首脳会談があった。今後日本も緊張緩和の局面に入り首脳会談などやるときにはお貸ししますとなる」などと話した。最終観覧日は来年1月25日を予定、きょうから観覧場所を複数に区切り観覧時間を1分程度に変更される。きょうから21日までは申込み不要だが今月23日から1月12日はウェブ申込先着順予約制、1月12日から25日まではウェブ申込抽選制になる。1972年日中国交正常化を記念しカンカン・ランランが送られた。上野動物園で一般公開が始まると一目見ようと長蛇の列ができ機動隊も出動、混雑に途中で入場が打ち切りとなった。カンカンらの一般公開初日は5万6000人が押し寄せたが会えたのは1万8000人、1974年度は上野動物園の入園者数764万7000人を超え過去最高となった。86年には日本国内で繁殖に成功した1例目の上野生まれのトントンが誕生、2008年にリンリンが死に上野動物園でパンダ不在となる。2008年5月に日中首脳会談で中国側がペアパンダを貸し出すと約束したが年間1億円の高額なレンタル料への反発が根強く当時の石原慎太郎都知事は消極的な姿勢だった。二木氏は上野にパンダがいなくなると街の人出が目に見えて減、石原氏に呼び戻してほしいと何度も働きかけ署名も集め都庁に持参したという。2010年東京都がパンダ受け入れを発表、地元からも強い要望があったとしていた。ランランらが来園した1972年から翌年と74年も来園者が過去最多、トントン誕生から無事成長すると伸び、再びパンダが来園したタイミングで来園者が伸び、「シャオシャオ」ら誕生とコロナ禍からの脱却で戻ったが来年2月はどうなるのか。上野以外でも和歌山アドベンチャーワールドでは17頭繁殖、育成に成功、2000年神戸市王子動物園にパンダが来て24年にわたり飼育、きっかけは95年の阪神・淡路大震災からの復興の願いだった。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年3月1日放送 16:05 - 17:20 フジテレビ
動物さまの言うとおりアニマルお仕事大図鑑SP
動物園&水族館を支えるアニマルエキスパート企業を紹介。森乳サンワールドは育児用ミルクのノウハウを活かして約55年前にペットフード事業に参入。パンダミルクの開発は1987年の上野動物園のパンダの人工繁殖がきっかけだった。海獣用ミルクなども作っている。

2026年1月26日放送 13:55 - 15:50 日本テレビ
情報ライブ ミヤネ屋(ニュース)
上野動物園の双子のパンダ、シャオシャオとレイレイがあす中国へと旅立ち、53年ぶりに日本にパンダがいなくなる。きのう最後の観覧日を密着取材。多くのファンが別れを惜しんだ。長年、パンダ飼育に携わってきた和歌山県のアドベンチャーワールドの飼育スタッフ・吉田倫子さんも「原点は上野動物園だった」と話す。最終日の観覧客は約4400人。事前抽選の倍率は24.6倍。日本にパ[…続きを読む]

2026年1月26日放送 10:25 - 13:55 TBS
ひるおび(ニュース)
1972年、田中角栄総理が日中共同声明に調印した1ヶ月後、日中国交正常化を記念し、中国から上野動物園に、パンダのカンカンとランランが贈られ、日本はパンダブームに。上野動物園では、長蛇の列ができ、混雑のあまり入場が制限された。1986年、上野動物園で、パンダの繁殖に成功。トントンが誕生した。1992年には、日中国交正常化20周年を記念し、リンリンが来園し、上野[…続きを読む]

2026年1月25日放送 20:54 - 23:09 フジテレビ
Mr.サンデーサンデーDOCS
日本人がパンダの虜になったのは、今から50年以上前のこと。1972年、パンダが初来日した。1986年には赤ちゃんパンダが誕生し、名前の募集には全国から27万通の応募が殺到したという。最初に来日したランランが急死した際には慰霊祭が営まれ、その死を悼んだ。日本人のパンダへの熱狂の原点を探ると、1人の人物にたどり着く。上野動物園の第4代園長・浅野三義さんはパンダ来[…続きを読む]

2026年1月25日放送 0:10 - 1:10 NHK総合
ザ・プロファイラー(パンダと日本人の50年史 パンダをめぐる冒険)
1990年代になるとアドベンチャーワールドに2頭、2000年には王子動物園にも2頭のパンダがやってきた。上野動物園にパンダが来て2年目の1974年、入園者はそれまでの2倍以上とパンダブームは冷めることがなかった。ランランとカンカンが息を引き取ったあとも、上野動物園には次々と中国からパンダがやってきた。その背景には、日本が世界第2位の経済大国になったこと、中国[…続きを読む]

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