東京・銀座では“報道の自由を守ろう”というビラが配られた。狙われたのは1人のニュースキャスター。田英雄は日本のニュース番組に初めて登場したキャスター。自身の意見を口にするニュースキャスターは時の政権から圧力を受けた。ベトナム戦争は南ベトナムを支援する米国と、北ベトナムを支援するソ連、中国との代理戦争で米国による攻撃は北爆と呼ばれた。戦闘は市民を巻き込み痛ましい映像も報じられる。佐藤栄作総理は日本と同盟関係にある米国の北爆を支持。沖縄は米国塀を戦争に送り出す前線基地。そうした現実が日本国内に反戦運動を巻き起こす。新宿西口広場には毎週末フォークゲリラと呼ばれる若者たちが集まり反戦歌を歌った。田英雄は西側のテレビ局として初めて北ベトナムの首都ハノイを取材。この放送が自民党の逆鱗に触れた。TBSの今道潤三社長は強く反論したという。過激になっていた反戦運動は南ベトナムを含む東南アジア歴訪に出発する佐藤総理を阻止するためデモ隊と機動隊が衝突。学生1人が死亡。