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「ポトシ銀山」 のテレビ露出情報

大航海時代、世界最大の帝国を築いたスペイン。その力の原動力は新大陸で開拓した巨大な銀山から算出される銀。当時のスペインは世界の銀生産の8割を占めており、この経済力を背景に強大な軍事力を行使していた。オランダはこの銀の独占を切り崩すべく暗躍し、そのチャンスを日本に見出す。戦国日本は銀の算出国として知られ、これを手に入れる為にオランダ東インド会社はジャック・スペックスを送り込む。
戦国時代、佐渡島には日本最大級の銀山が存在していた。この銀山を開拓したのが徳川家康で、豊臣家に対抗するための資金源としていち早く佐渡を抑えていた。家康は佐渡に5万人の労働者を送り込み、昼夜交代で採掘を進めて世界トップクラスの鉱山を開拓。家康はこの他にも各地の鉱山を開拓し、その結果日本の銀生産量は世界の3分の1を占めるまでに急拡大。スペックスは秘密裏に調査を進めて日本の銀がスペインのものよりも高純度であることを突き止めていたが、当時銀の国外への持ち出しは禁じられていた。これを撤廃するため、スペックスはガラスや毛織物を手土産に家康と交渉。しかし、家康がより強く求めたのは兵器だった。オランダ東インド会社はネットワークを駆使して兵器をかき集め、この要求に答えようと奔走する。
一方、オランダの動きに焦ったスペインも家康の元に使者を派遣。鉱山技師の派遣というカードを武器に、オランダ人の国外追放やキリスト教の布教を許可することなどを要求した。スペインがキリスト教の布教を求めた背景には、キリスト教を布教することで日本を植民地にするという狙いがあった。オランダ人は家康にこうしたスペインの目的を警告し、スペインへの不信感を募らせた家康はスペインとの交渉を打ち切り、1612年には禁教令を発してキリスト教の禁止に踏み切る。こうして布教の道を経たれたスペインは、家康と敵対する豊臣秀頼に接近。オランダと徳川家、スペインと豊臣家、それぞれの思惑が絡み合う中で戦国最後の合戦が始まろうとしていた。

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