四家の決断により、開発継続となった新システム。コレを機に開発メンバーが2名増員されることになった。1人目は入社3年目の西畑孝志。会社では車体設計がトップでソフトウェアはいちばん下の地位だったという。どんな過酷な環境で使われても位置情報と稼働時間を正確に発信できるか、改良が繰り返された。期限まで1か月。突然、四家が「遠隔でエンジンがかからないようロックする機能がほしいと訴えてきた。このころ全国で建機の盗難が多発していた。四家の会社でも何台か盗まれ経営が危ぶまれた。西畑孝志らは通常2か月かかる作業を3週間で、やりきった。1999年12月、位置情報、稼働時間、遠隔ロックできるシステムが「KOMTRAX」が完成した。四家のk愛車ではシステムを使い、自社の建機がどこにあるのか一括して把握。遠隔ロックで盗難も食い止めた。外回りの営業が普及し始めた携帯電話で空き状況を確認できるようにした。リアルタイムで注文や修理に対応し業績を伸ばしていった。この成功が後押しとなり建機メーカーは1年後、システムを全車に標準搭載するようになった。決定したのは坂根正弘だった。坂根正弘は若い頃、現場に通いデータを集めた経験からこのシステムに注目した。データを集めるのは大変な作業だったという。しかし、この決定は大きな波紋を広げた。花形・車体設計の技術者たちはエレキの西畑に不満をぶつけた。西畑の上司・神田俊彦はエレキが日の目を見るチャンスだと言いチームを励ました。この頃、他社も同様のシステムを開発。激しい競争が始まっていた。このままでは他社に勝てないと神田たちは原点のアイデア「たまごっち」に挑むことを決めた。エラーコード発報機能、故障や不具合が起きた時に建機自らSOSを発信する機能だった。しかし期限が迫っても、最終検証がうまくいかなかった。期限ギリギリで完成するも、ソフトを端末に書き込む膨大な作業が残っていた。すると他のプロジェクトに携わっていたエレキの技術者たちが、書き込みは俺らがすると志願してきた。全てにソフトウエアを書き込み2001年、新システムが標準搭載された。しかし大きな評判を呼ぶことはなかった。
うつむく神田、西畑たちに、中国・上海の社員、シュウ・デンユウから「エンジンロック機能に需要がある」という連絡がきた。急激な経済成長に湧く中国。開発ラッシュにのり建機ビジネスが加熱していた。一方で建機購入に借りた金を踏み倒す業者も横行していた。エンジンロック機能があれば銀行は安心してお金を貸せるという。シュウはさらに燃料の残量を示す機能の追加を要望した。中国では燃料費が高騰していて、消費を抑えることが死活問題になっていた。現場の期待に応えたシステムが搭載されると注文が急増し膨大なデータが集まってきた。チン・リョウはデータを分析し、最も燃費の良い建機の操縦方法を見つけ出した。中国での成功を受け、システムは世界中で標準搭載されていった。
うつむく神田、西畑たちに、中国・上海の社員、シュウ・デンユウから「エンジンロック機能に需要がある」という連絡がきた。急激な経済成長に湧く中国。開発ラッシュにのり建機ビジネスが加熱していた。一方で建機購入に借りた金を踏み倒す業者も横行していた。エンジンロック機能があれば銀行は安心してお金を貸せるという。シュウはさらに燃料の残量を示す機能の追加を要望した。中国では燃料費が高騰していて、消費を抑えることが死活問題になっていた。現場の期待に応えたシステムが搭載されると注文が急増し膨大なデータが集まってきた。チン・リョウはデータを分析し、最も燃費の良い建機の操縦方法を見つけ出した。中国での成功を受け、システムは世界中で標準搭載されていった。