TVでた蔵トップ>> キーワード

「両国国技館」 のテレビ露出情報

「新宿でタイガー・ジェット・シンが猪木を襲った場所はどこ?」というクイズが出題された。正解は「伊勢丹前」で、ウルフアロン選手とYOH選手が不正解だった。続いて「初代IWGPタッグ王座になったのは次のうちどのタッグチーム?」という問題が出題された。正解はBの「藤波辰巳・木村健悟組」で、全員正解した。続いて「角界出身で初めてIWGPヘビー級王者になったレスラーは天龍源一郎ですが2人目のレスラーは誰?」という問題が出題された。正解は「安田忠夫」で、サイプレス上野が不正解だった。この結果、ウルフ選手、上野、YOH選手の脱落が決定した。
1問のみ不正解のYOH・ウルフ・上野が脱落。ここからは本戦出場の4席をかけ、一人1問1答で間違えたら即脱落のデスマッチが行われる。タイキ選手に対して「ヤングライオン杯優勝、IWGPヘビー級王座の2つのタイトルを初めて獲ったのは誰?」という問題が出題された。タイキは2人に絞って迷った末に解答し、不正解。正解は「蝶野正洋」で、迷っていたもう1人だったというが脱落となった。ただし、4人正解が出なければもう一度チャンスはあるという。続いて、本間キッドに対し「Just 4 Guys 烈風隊 J・J・JACKS ヘルレイザーズ 合わせて何人?」という問題が出題。正解は10人だったが、本間は不正解で脱落となった。続いて、野上アナに対し「掌底 浴びせ蹴りは何の武術の技?」という問題が出題。不正解で脱落となった。正解は、堀辺正史が広めた武術「骨法」だった。続いて、宮澤に対し「大相撲で元横綱の経歴を持ち新日本プロレスでプロレスデビューした唯一の人物は誰?」という問題が出題。「北尾光司」と答えて正解し、本戦出場が決定した。続いて、上村選手に対し「1995年10月9日東京ドーム、武藤敬司vs高田延彦の一戦で敗れた高田が花道を引き上げる際にファンから投げかけられた言葉は?」という問題が出題。上村選手は不正解で脱落した。正解は「高田、前田が泣いてるぞ」だった。続いて、三谷アナに対し「獣神サンダー・ライガーの正体が山田恵一ではないかと噂された時、ライガーが『山田は死んだ(?)の風になった』と発言したがどこ?」という問題が出題。三谷アナは「リバプール」と答えて正解し、本戦出場が決定した。
残り2席の本戦をかけた2周目。タイチ選手に対し「春のG1 NEW JAPAN CUPで初めて優勝した外国人レスラーは誰?」という問題が出題された。
住所: 東京都墨田区横網1-3-28
URL: http://www.kokugikan.co.jp/

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年5月31日放送 1:00 - 1:30 テレビ朝日
ワールドプロレスリング(オープニング)
大阪城ホール大会でIWGPヘビー級王者のカラム・ニューマンに挑む辻陽太。辻はIWGP GLOBALヘビー級選手権で、アンドラデ・エル・イドロに敗れた。新日本プロレス野毛道場で辻陽太にインタビューし、大阪城ホール決戦への覚悟に迫る。

2026年5月26日放送 19:00 - 21:00 テレビ朝日
火曜の良純孝太郎(オープニング)
オープニング映像。神田川・渋谷川2つを制覇した良純孝太郎が隅田川を大冒険。

2026年5月25日放送 23:45 - 0:15 テレビ朝日
くりぃむナンタラ6.11新日本プロレスクイズ!間違えたら即引退SP 後楽園ホール大会 出場者選抜予選
「オカダに『お疲れ様でした』と言われた棚橋は何と言った?」というクイズが出題。正解は「疲れたことがない」だった。棚橋はこの発言の真意について語り、過去にアントニオ猪木に「お疲れ様でした」と声をかけたところ、「疲れてねぇよ」と返されたことを思い出して発した言葉だったと明かした。続いて、「2022年11月20日 スターダムとの合同興行で舞華選手にバックドロップで[…続きを読む]

2026年5月25日放送 21:00 - 22:00 NHK総合
ニュースウオッチ9SPORTS
夏場所で約4年ぶりの優勝を果たした小結若隆景。一夜明けて会見し、次の目標を見据えた。若隆景は「大関という1つの目標に向かってこれからが大事」などとコメント。一方、優勝決定戦で敗れた大関霧島は、優勝に準ずる成績を残し来場所は横綱昇進に挑む場所になる。横綱審議委員会で大島理森委員長は「次の場所を見なければ分からない」などとコメント。

2026年5月25日放送 18:25 - 21:54 テレビ東京
YOUは何しに日本へ?&世界!ニッポン行きたい人応援団(世界!ニッポン行きたい人応援団)
アルゼンチン在住、相撲に取り組む22歳女子大生のルルデスさんが初来日。この日やってきたのは相撲の聖地・両国国技館。施設は約40年前から使われ始めた3代目。かつては神社仏閣の境内で開催されていた。客席は屋根がなく雨天順延も多く、1909年に両国に初代が作られた。収容人数は今より多い1万3000人。跡地は駐輪場。土俵があったところには丸いラインが引かれている。初[…続きを読む]

© 2009-2026 WireAction, Inc. All Rights Reserved.