2002年、東京駅は再開発が進められていた。変わりゆく光景を熱い眼差しで見ていたのが東急の白石誠だった。東急の本拠地、渋谷駅は日本屈指の巨大ターミナルの工事計画に抜擢されていた。渋谷に9路線目となる副都心線の開通が決定。地上にあった東横線を地下に移動し直結させる大工事。白石誠は東急きっての鉄道土木の技術者だった。東横線地下化工事を進める白石にある日、渋谷駅全体の工事にも参加してくれと声がかかった。JRやメトロ、行政も加わり渋谷駅を根本から生まれ変わらせる大規模な計画案。渋谷駅は1960年代から「迷宮」と呼ばれていた。乗り換えがしやす耐震補強や、バリヤフリーも整う駅にしたいと何度も声が上がった。しかし工事スペースがなかった。各社が集まり会議が行われたがその場は静まりかえっていた。駅よりも複雑だったのは鉄道各社の関係だった。JRの新関信は関わりたくないとうつむいていた。工事をしようと言い出せばその会社は先頭に立ち責任を負うことになってしまう。東京メトロの伊藤聡はメリットを見いだせないと思っていた。銀座線のホームは百貨店の中にある特殊な作りで駅を複雑にする要因の1つだった。ホームを移設するとなれば莫大な費用がかかる。白石誠は立ち上がり『百貨店を解体し工事ができる環境を整える。だから一緒に理想の渋谷駅にしませんか」と言った。会議は少しずつ動き出し、JRの新関信も少しずつ案を持っていった。白石は新関を飲みに誘い熱い思いを伝えた。新関は会社と掛け合ってでも理想の案を描いていこうと決意した。そして白石は新関は3社としてではなく1社として行う工事として考えませんか?と呼びかけた。そして学識者や行政などの後押しも話し合いは活発になっていった。そしてメトロも銀座線のホームを百貨店の中から移動することを決断した。競技開始から8年、大工事計画の全容が決定した。東横線が副都心線と直通になり、工事のスペースをうむ。銀座線は130m東に移動し広い通路で繋げる。JRは埼京線を新宿方面に大きく移動し、中心に。山手線は外回りを廃止し内回りと一体に作り変える。この配置ならわかりやすい通路を整備でき簡単に乗り換えられる耐震補強も行いバリヤフリーも叶う。こうして100年に1度の大工事が始まり鉄道3社は心を1つにした。
住所: 東京都千代田区丸の内2-4-1
URL: http://www.marunouchi.com/marubiru/
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