2011年3月11日、激しい揺れが被災地を襲った。同じ日の早朝に生まれた小林ひなのさんの家族は、レストランを営みながら家族4人で暮らしている。3月11日が来るたびに、誕生日の映像を記録に残すことを欠かさず続けてきた。毎年誕生日を迎えられることがかけがえのないものだと伝えたいという。ひなのさんは、何気ない日常の大切さを意識するようになったという。仙台市で生まれた佐藤雛咲さんの母親・寛美さんは想像していなかった困難に直面した。手に入ったわずかなミルクを薄めてあげることしかできなかった。雛咲さんもあの日に生まれたことへの複雑な思いを抱えるようになった。先月下旬、家族は寛美さんのふるさと気仙沼市に訪れ、津波で大きな被害を受けた町が復興していく姿を見た。寛美さんは、被災地にあるのは悲しみだけではないと語りかけた。雛咲さんに前を向いて生きてほしいと願っている。