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「能登半島地震」 のテレビ露出情報

石川県加賀市にある橋立漁港。漁師歴27年、愛明丸の北川智生船長は4人の弟たちと共にカニ漁に挑む。漁の初日は取れるカニの量が通常より多く、1日で年間水揚げ高の1割を占める。さらに初物のご祝儀相場で、より高値で取引されるという。土の中に潜むカニは魚群探知機に映らないため、頼りになるのは漁師の勘と運だけ。港を離れ約1時間半後、1回目の網を投げるポイントに到着した。ズワイガニは底引き網漁で、網がうまく広がるようにひし形上にロープを落とし、約1時間かけて海底に潜むカニを捉えていく。1回目にとらえたのは約470匹とまずまず。すかさず同じ地点で2回目の網を投げたが、輝候補はいなかった。
一方能登半島の北部に位置する輪島港では、この日を特別な思いで迎えた漁師がいた。去年の元日に能登半島を襲った大地震で輪島市は最大震度7の揺れを観測し、港も甚大な被害を受けた。地震の影響で大規模な地殻変動が発生し、海底の地盤が約2m隆起。さらに津波で大量の土砂が流れ込むなどし、漁船が港から出られない状態が続いていた。震災から1年10か月、18歳から善宝丸に乗る坂角一裕船長は生まれ育った自宅を失い、今も家族4人で仮設住宅で暮らしている。船はエンジンが水没し漁に出られなくなり、修理にかかった期間は1年以上。その間土木の仕事などで生活を支えてきたが、「もう一度漁に出たい」との一心で息子たちと共に震災後初のカニ漁に挑む。
愛明丸の北川船長は、場所を移動し4回目の網をかけていた。3回目、4回目も500匹と数は取れていたが、大きいカニは取れていなかった。時間的に挑戦できるの残り3回ほどというところで、あえて同じ場所でもう1度網を落とした。すると5回目で大物がヒットした。カニとの戦いは16時間にも及び、初日の漁で取れたカニは約3000匹と大漁だった。一方輪島沖で2年ぶりのカニ漁に挑む坂角船長は、息子と3人ががりで15時間におよぶ漁を無事に完遂。輝の候補は取れなかったものの、約1400匹のカニを水揚げした。漁初日を終え、港では輝の認定会がスタート。各漁師がその日取れた中で一番質が良いと思うカニを「一番推し」として選出し、その中から最高級ブランド「輝」の認定を狙う。北川船長が取った大きなカニは大きさなどはクリアしたが、小さな黒い部分を指摘され惜しくも認定されなかった。しかし初競りではその大きさを評価され、50万円の値がついた。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年8月3日放送 13:00 - 13:10 NHK総合
ニュース(ニュース)
今回の熊本地震では災害関連死の疑いがある事例が起きている。専門家は発災からまもなく1週間となる今の時期が災害関連死を防ぐ重要な局面になると指摘している。具体的には避難生活の環境の改善や維持が必要で、衛生的なトイレ、バランスの取れた衛生的な食事、雑魚寝を防ぐためのベッド、酷暑での被災生活ということで涼しい環境を作ることなどが重要だと指摘した。

2026年8月2日放送 21:50 - 22:40 NHK総合
サンデースポーツ(プロ野球)
先日富山で開催されたオールスターゲームは2年前に発生した能登半島地震の復興支援として行われた。中川さんはかつて富山商業高校野球部でキャプテンを務めていて、今回のオールスターゲームの誘致に尽力した。石川県から被災地の小学生約50人を招待。丹羽來輝さんは能登半島地震で自宅が半壊し、心の支えは野球だった。オールスターゲームには約2万人の観客が訪れていた。両チームあ[…続きを読む]

2026年8月1日放送 21:54 - 22:00 日本テレビ
情熱のしずく(情熱のしずく)
1960年代の高度経済成長期は物流が増え、中身が破損するなどのトラブルも多かった。海外の文献でプールに浮かべるポリエチレンシートがあると知った川上聰さんは21世紀の風呂敷を作りたいと勤務先に提案したが、却下されたので独立。1963年に独自で開発をスタートした。たこ焼き機のような金型でポリエチレンに熱を加え、くぼみを作ってフタをする構造を考えた。着想から5年後[…続きを読む]

2026年7月31日放送 15:42 - 19:00 フジテレビ
イット!(ニュース)
いつどのような支援が求められているのか。個人ボランティアは過去の震災でも課題が指摘された。能登半島地震では土砂崩れなどで路面の状況が悪化。渋滞が発生。石川県は緊急車両の妨げになるため個人の支援物資は控えるように呼びかけた。支援物資の仕分けが追いつかなかった。支援物資の内容にも課題がある。廃棄されたものもあった。

2026年7月31日放送 10:40 - 13:00 テレビ朝日
大下容子ワイド!スクランブル注目ニュース
1.5次避難所は能登半島地震の時に生まれた考え方だという。通常、1次避難所は地震直後に身を寄せる体育館や公民館。2次避難所はホテル・病院など生活や介護環境が整った施設。2次避難所に移るまでの間の一時的な避難場所が1.5次避難所。スポーツアリーナなど大型施設が使われ、関連地震などを考慮し少し離れた場所に設置される。能登半島地震の時は1週間後に1.5次避難所が開[…続きを読む]

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