1973年、28歳の吉永小百合は年上のテレビディレクターである岡田太郎と結婚をした。両親は結婚に反対だったという。吉永は「“名字”を変えないと新しい自分が生まれないっていうところもあった」、「“吉永小百合”という名前が重い」、「親に対してはとても残酷なことをした」などと語った。2023年ハワイで撮影された写真を紹介した。穏やかな夫婦の姿があった。50余年の結婚生活を振り返り吉永は「金婚式を迎えることができて、ハワイの島へ行って2人で1週間を過ごすことができた」、「非常に広い考え方を持っている」、「必ず映画館で映画を観てくれた。感想は絶対に私を傷つけない」などと話した。2023年の年末に岡田さんに“がん”が発覚、2024年9月に亡くなった。吉永は「ちょっとまだ受け止めきれない。自分がどれだけ前へ向かって生きていくか…1つのテーマ」などと語った。
小百合という名前から小さな百の出合いを大切にしてきた吉永。高倉健さんと初めて共演した映画「動乱」。五一五事件から二・二六事件までの昭和を舞台に首謀者となった青年将校と妻の愛と生き様を描いた作品。吉永は日活を中心に出演していたが、初めて東映の撮影に行ったという。吉永は「高倉さんの役作りが半端じゃない」、「胸がいっぱいになって高倉さんに抱きついてしまった」、「私はそういう意味では幸運でした」などと語った。自分で出演する作品を決めつつ事務仕事もこなすようになった吉永は「失敗しても私自身に返ってくる」、「人のせいにしたくない」、「自分が考えなければいけないことは自分で考えて手紙で返信することもある」などと話した。
小百合という名前から小さな百の出合いを大切にしてきた吉永。高倉健さんと初めて共演した映画「動乱」。五一五事件から二・二六事件までの昭和を舞台に首謀者となった青年将校と妻の愛と生き様を描いた作品。吉永は日活を中心に出演していたが、初めて東映の撮影に行ったという。吉永は「高倉さんの役作りが半端じゃない」、「胸がいっぱいになって高倉さんに抱きついてしまった」、「私はそういう意味では幸運でした」などと語った。自分で出演する作品を決めつつ事務仕事もこなすようになった吉永は「失敗しても私自身に返ってくる」、「人のせいにしたくない」、「自分が考えなければいけないことは自分で考えて手紙で返信することもある」などと話した。
