東日本大震災からきのうで15年、宮城・石巻市など各地で追悼が行われた。死者は1万5901人、最大関連死3810人、行方不明者は2519となっている。高市総理は福島県の追悼式に出席、復興に向けた様々な課題について「次の5年間でなんとしても解決していくという強い決意で復興に全力を尽くしていく」、津波で父親を亡くした遺族代表の鈴木さんは「福島を過去の出来事として片付けないでください」などとした。2017年から岩手日報が毎年展開している震災の広告企画が学校の教材に使用、「最後だとわかっていたなら」とテーマに震災への思いが受け継がれている。語り部となった中学生の1人猪狩早恵さんは震災の5か月後に誕生し福島県で育ったが当初は「学ぶ機会はあったが3月の恒例イベントのような雰囲気があった、他人事だった」と話すが2年前に能登半島地震を見た時に生まれて初めて地震の恐怖を感じたという。その後防災士に資格を取得し今月8日語り部として語り記憶のつなぎ手となった。猪狩さんは「私より下の世代は震災を自分より知らないと想うので後世にも語り継いで記憶を風化させない人になりたい。」とした。
