去年90歳で亡くなった吉行和子さんは、俳優として、エッセイストとして幅広く活躍した。吉行さんは昭和10年、東京生まれ。作家の父は吉行さんが4歳のころ亡くなり、連続テレビ小説のモデルにもなった美容師の母が、3人の子どもを育てあげた。喘息を患い学校も休みがちだった吉行さん。中学3年の時、母に連れられて見た劇団民藝の舞台に衝撃を受けた。演劇に興味を持ち、得意の裁縫を生かして衣装係になりたいと、劇団民藝付属水品演劇研究所に入った。しかし22歳の時、急きょ「アンネの日記」の主演に抜擢された。これを機に舞台に立つようになった吉行さん。芝居がうまくできず落ち込んだ時、演出家・宇野重吉の言葉が支えになったという。演劇を始めて15年、劇団の看板俳優として活躍していた頃、意外な出演依頼が舞い込んだ。前衛的な表現に挑むアンダーグラウンド演技の旗手・唐十郎の作品。吉行さんは劇団民藝を退団し、「少女仮面」に出演。その後、未知の分野への挑戦を続けていく。42歳のときに出演した映画「愛の亡霊」では体当たりで演じ、日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞した。テレビドラマでも「3年B組金八先生」で家庭科の教師を演じるなどさまざまな作品に出演。連続テレビ小説「ごちそうさん」ではそれまでに無い役柄を演じた。吉行さんは家庭的な役柄がおおかったが苦労もあったという。吉行さんは「どこまで演れば気がすむの」で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。俳句好きとしても有名。1人芝居「MITSUKO ミツコ~世紀末の伯爵夫人~」は13年間上演した。
