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「国立国会図書館」 のテレビ露出情報

東京駅の魅力を紹介。東京駅は日本銀行本店などを手掛けた辰野金吾氏が設計を手掛け、2003年には東京駅の丸ノ内本屋が国の重要文化財に指定された。東京駅の開業は1914年12月20日で、開業当初は立派な外観だったことに驚いた利用客が建物内に入る際に靴を脱ぐハプニングなどもあったという。駅舎は1945年の東京大空襲で屋根と3階部分が焼失し、1947年~2007年までは2階建ての状態だった。2007年からは約5年かけて復元工事を行い、創建当時の3階建ての駅舎に復元された。このため駅舎の2階までと3階部分ではレンガの色が微妙に異なっている。また復元工事は500億円の費用がかかり、費用を捻出するために東京駅は本来10階まで建物を建造できる面積であることに着目し、余った容積率の権利(空中権)を周辺ビルに売却して修復費用の大半を賄った。空中権を購入したビルでは本来の階数よりも高く建てることが特定的に許される。東京駅の丸ノ内駅舎には美術館東京ステーションギャラリーが併設されていて、東京駅と丸の内界隈の50年ごとの変遷を描いたジオラマなどを見ることができる。また丸ノ内駅舎の3分の2程はホテルになっていて、東京ステーションホテルとして営業している。オープンは東京駅開業の翌年という110年の歴史を持っていて、今年のコンデナスト・トラベラーリーダーズ・チョイス・アワードにも選出された名門ホテル。客室は全150あり、110周年を記念してイギリスのリバティとコラボした客室も2部屋用意されている。この部屋ではリバティのアフタヌーンティーのサービスも付いている。このアフタヌーンティーは宿泊者以外も利用できるバー&カフェ カメリアでも楽しむことができる。ホテルでは長い通路に様々なアート作品が展示されていて、南口改札のドーム部分から見下ろすスペースなども用意されている。またこのドームに面した客室もある。東京駅のドームは8角形でm東西南北の干支を除く8種類の干支が配置されている。この他皇居の森と行幸通りを一望できる1泊127万円のインペリアルスイートなどを紹介した。
住所: 東京都千代田区永田町1-10-1
URL: http://www.ndl.go.jp/

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年8月12日放送 15:40 - 16:54 テレビ東京
よじごじDays長野博の食king
「麹専門店 MURO 神楽坂」は50種類ほどの麹や麹甘酒が並ぶ。神楽坂周辺は神田川などの荷揚げ場で米・酒などが集まった土地で、発酵食品と縁のある土地から麹文化を発信しているという。人気No.1は「KOJI DRINK A」。他にも「有機玄米甘酒 Bioene」などもおすすめ。

2026年8月10日放送 23:56 - 0:55 TBS
クレイジージャーニー呪物 田中&奇界遺産 佐藤が日本屈指のカオスな博物館に潜入
後継者不足が課題の東洋民俗博物館(奈良市)を取材。普段は入れない秘密部屋は初代館長の書斎だったところ。研究対象は性。広さは4畳半。1936年、愛人男性を絞殺し男性器を切り取った阿部定。収容物の1つはその裁判調書。知り合いを通じて頼み込み転記した。2人の馴れ初めなどが書かれていて、世に出ていない情報も。これによると阿部は留置場に入った際、下着として殺した男の服[…続きを読む]

2026年8月10日放送 18:25 - 21:54 テレビ東京
YOUは何しに?&スーツケースにつめ込んで&ニッポン行きたい人応援団(世界!ニッポン行きたい人応援団)
ドイツ・ハンブルクに住むベンジャミンさんは、屏風が大好きで自分でも作っている。屏風は屋内の隙間風を防ぐ道具として作られ、戦国時代は武将の権力を示す美術品となった。ベンジャミンさんは独学で屏風作りを始め、日本人にメールで質問したりしている。ベンジャミンさんが、尾形光琳の「紅白梅図屏風」が一番好きだと語った。ベンジャミンさんが、憧れの尾形光琳に近づくために日本に[…続きを読む]

2026年8月9日放送 11:00 - 11:45 テレビ朝日
林修の今知りたいでしょ!(林修の今知りたいでしょ!)
昭和の常識は「認知症は高齢になってから始まる」。「認知症のきっかけ・脳のゴミは発症の(?)年前から溜まり始める」と令和の新常識が出題された。正解は20~25年前。スタジオでは日本認知症学会名誉会員の遠藤先生が解説する。アルツハイマー形認知症の原因となるアミロイドβは診断される20~25年前ぐらいから溜まりだす。軽度認知障害の段階で対処することが重要。日本の推[…続きを読む]

2026年8月7日放送 23:58 - 0:43 TBS
news23NO WAR つなぐ、つながる
栃木県鹿沼市にある防空監視哨は、太平洋戦争中に敵の飛行機を見張るための施設であり、当時敵機発見に頼られたのは人の目と耳であった。防空監視哨からの情報を基に空襲警報が発令され、宇都宮や東京を守るために存在した。主に10代後半の地元の青年たちが監視にあたり、24時間体制で監視していた。防空監視哨は全国約2000か所に設置されていたが現存するものはほとんどなく、資[…続きを読む]

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