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「海軍」 のテレビ露出情報

未だに直視できない父の写真。大阪市に住む藤岡美千代さん(66)にとって、父は恐怖の対象でしかなかった。藤岡さんは「普段は暴れてるんですね お酒飲んで子どもを追いかけ回して踏みつけたりこのやろーって投げつけたり」「雨が降ると父が部屋の隅でガタガタガタって震えながら『あいつが殺しに来る』とすごい叫ぶ」「屋根にパタパタパタって音がなると父が『兵隊の足音が聞こえる』と怯える」などと話す。父は戦争のトラウマを抱えていた。藤岡さんの父は20歳で海軍に入った。千島列島・松輪島の航空基地に配属された。再三艦砲射撃にさらされるも生き延び終戦。さらに3年間シベリアで抑留された。藤岡さんが生まれた時は終戦か12年が経過していたが、父のPTSDのような症状は年々悪化していったという。藤岡さんが9歳のときには「混乱して私への性虐待 その瞬間を母が夜中に子どもが心配で見に来た時にみてしまった」という。父のトラウマは藤岡さんにも連鎖していった。父はその後自殺。しかし藤岡さん自身もふとしたことで当時を思い出してパニックになるように。長年口を閉ざしてきた藤岡さんだが、2年前から公の場で語るようになった。きっかけは藤岡さんと同じように、日本兵だった父親との経験で、トラウマを抱えた人たちとの出会いだった。つらい経験を共有することが癒やしに繋がると気づいた藤岡さん。自らが経営する喫茶店で月1回、経験を語り合う会を開催した。そして忘れようとした父のことを理解したいと気持ちが変わってきた。取り寄せた父の軍歴から見つかったのはシベリア抑留中のカルテ。戦時中の様子を知るにつれ、父への思いは変わっていった。実は
実は戦時中、旧日本軍は心に傷を負った兵士はいないとその存在を隠蔽してきた。戦争トラウマの専門家、上智大学の中村江里准教授は「日本の軍隊は天皇の軍隊で世界最強だからそういう兵士はないと存在そのものを隠蔽」と指摘。一方で軍部は、精神疾患にかかった兵士の研究を秘密裏に行っていた。千葉・東金市にある浅井病院の倉庫には、陸軍病院の極秘資料のコピーが残されている。浅井病院の長沼吉宣さんは、戦争後は焼却処分してくれと命令が下ったが、将校たちが忍びないとドラム缶に入れて埋めたそうだと語る。精神疾患の兵士、約8000人の病床日誌、カルテだった。多くの兵士が、戦地での加害行為から罪の意識から精神に異常をきたしていた。かつて国によって隠され、本人や家族も直視できずにいた、元日本兵の心の傷。藤岡さんらはPTSDの日本兵家族会・寄り添う市民の会は、国に実態調査を要求している。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年5月29日放送 15:50 - 19:00 日本テレビ
news every.いまを、戦前にさせない
1943年10月、明治神宮外苑で行われた学徒出陣。その中にいた慶應義塾大学の1年生・塚本太郎さんは、水球のゴールキーパーとして活躍。アジア大会の日本代表にも選ばれた。特攻作戦の末、21歳で亡くなった。塚本さんは、かつて海軍の基地があった山口・大津島で、特攻の訓練を行った。回天は、艦船を攻撃する魚雷に人間が乗り、体当たりする兵器。全長14.75mで、先端には約[…続きを読む]

2025年5月26日放送 3:45 - 4:30 TBS
TBS NEWS(ニュース)
全国から若者を集め飛行兵として養成した戦時中の施設「予科練」。1930年から終戦までの間、1万9000人近くの卒業生が特攻隊などで戦死した。戦時中は「海軍のまち」と呼ばれた茨城県阿見町できのう、58回目の慰霊祭が行われた。予科練在籍経験者4人を含む240人が参加。

2025年5月22日放送 10:25 - 13:55 TBS
ひるおびJNN NEWS
札幌の神馬文男さん(99)。約60万人の日本人が強制連行されマイナス30℃を下回る寒さや食糧不足の中での強制労働で5万5000人が死亡したシベリア抑留の生存者。海軍の偵察兵だった19歳の時、旧ソビエトに近い羅津基地で終戦を迎え、シベリアに連行され、森林伐採など過酷な労働を強いられた。戦後80年シベリア抑留を経験した人たちの平均年齢は100歳とも言われている。[…続きを読む]

2025年5月16日放送 23:58 - 0:43 TBS
news23戦後80年プロジェクト つなぐ、つながる
神奈川県寒川町で見つかった毒ガス。戦時中に海軍工廠で作られたもの。その製造に携わっていた石垣肇さんを叔父に持つ高畠さん。石垣さんは16歳で学徒動員され、皮膚に触れるとただれて呼吸困難となる「イペリット」という毒ガスの開発に関与。戦後は毒ガス製造について語ることはなかったが、終戦から50年のとき、高畠さんへ手紙で詳細を明かした。石垣さんは去年亡くなっている。[…続きを読む]

2025年5月16日放送 16:48 - 18:50 テレビ朝日
スーパーJチャンネル追跡
横浜市金沢区には、地元住民も滅多に使わない名前がないトンネルがある。トンネルを出ると開けた場所があり、その先はフェンスで行き止まりになっている。フェンスの先には道路が見え、封鎖区域が広範囲に及んでいる。横浜市によると、封鎖区域の中にはかつて貯油施設があり、現在施設の先は住宅街などが広がっているが約80年前は港だった。トンネルは1939年に造られ、2年後に太平[…続きを読む]

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