佐賀・唐津市の名護屋城を現地調査。城内を歩くと築城技術の高さが分かる。縦石積み、鏡石を紹介。いよいよ天守があった本丸へ。当時は30m近い巨大天守があった。名護屋城は秀吉が朝鮮出兵に向けて準備するため、中継地点へ立ち寄りやすい場所に築かれた。足利義昭、徳川家康ら150名以上の武将が集結し、周辺には有名武将の陣跡がある。前田利家の陣跡を見学。去年、姫路城級の巨大な堀のようなものが発見された。現在確認されている陣の数は150か所以上。続いて名護屋城博物館へ。秀吉の権力・政治力を示す黄金の茶室は大名・要人の接待、明の使節団との会合などに使われていた。普段は公開を制限している超貴重な文化財、秀吉直筆の書状、秀吉の肖像画などを見学した。秀吉は死後、神として祀られ、拝礼用の肖像画などが全国で作られたが、家康の命で神としての名を剥奪され、その痕跡は消し去られた。東アジアの頂点に君臨することを夢見た秀吉。その重要拠点として名護屋城を首都のような一大都市にしたかったという。
住所: 兵庫県姫路市本町68
URL: http://www.city.himeji.lg.jp/guide/castle/
URL: http://www.city.himeji.lg.jp/guide/castle/
