21年前、107人が死亡したJR福知山線の脱線事故。林浩輝は事故の日の追悼慰霊式にことし初めて参列。大学2年生だった当時、事故に巻き込まれた。22時間後に最後の生存者として救出されたが大けがで両足を切断。林を前向きにさせてくれたのは友人たち。1年で復学し、同級生と一緒に大学を卒業。就職活動にも熱心に取り組み、大手企業などで働いた。車いすバスケットボールなど様々なスポーツにもチャレンジ。おととし大きな試練が立ちはだかった。突然職場で意識を失い倒れ、病院へ。医師からはてんかんの発作で、事故後いままで積み重なってきた疲労やストレスが影響している可能性もあると説明を受けた。通勤で必要な車の運転ができなくなったため会社を退職。現在はリモートワークで経理の仕事をしている。事故のことを若い世代にも伝えてほしいと当時通っていた大学から依頼を受けていた林。卒業後初めて講演を引き受けた。事故のこと、命の尊さ、自身の気づきを学生や教職員など約80人を前に語りかけた。事故で大きく変わってしまった人生。人生をありのまま伝えることで事故の記憶を若い人たちの心にも刻んでほしいと願っている。
