福島県川内村は1900人ほどが暮らす村、一時は全村避難も余儀なくされたがもとの生活が戻りつつある。いくつもの川や沢に恵まれた川内村は清流の村と呼ばれてきた。渡邉秀朗さんは30年近くイワナを養殖しているが、川の水はイワナ養殖にうってつけなのだと話す。2011年の原発事故以降、村の暮らしは一変した。渡邉さんは一時千葉県に避難したが、イワナのこと気がかりで戻ってきたという。川の水から放射性物質は検出されなかったが、エサである虫が放射性物質を含んでいた。そこで人工飼料に変えたことで、イワナから放射性物質は検出されなくなった。イワナは釣り堀に降ろしているが、釣り堀に家族連れが多く来てくれることを渡邉さんは喜んだ。またこのイワナを食べてもらうことは渡邉さんのこのうえない喜びなのだという。かつての賑わいが戻ってきた。
川の水は人里に流れ、暮らしを彩る。井手孝明さんは地元の工場で働きながら野菜づくりに勤しむ。川内村は上水道がなく、人々は井戸水や湧き水を使って生活してきた。井手さんは水の安全性が確認すると村に戻ってきた。井手さんの自宅の裏にある水源は井手さんのお父さんが70年前に発見しと整えたものだという。家族の暮らしが戻ってきた。
志賀風夏さんは川内村で古民家カフェを作り、来月のオープンを目指している。こだわりは「水」。川内村には8割ほどの人が戻ってきたが、若い人は戻らずに避難先で生活する人が多いという。村の良さをもう一度わかってもらうため、志賀さんは古民家カフェを作った。そのきっかけは神奈川県に避難した時に村での生活が失われたことに気がついたのだという。5年前に戻ってきた志賀さん、現在はカフェオープンに向けメニューを開発している。そんな志賀さんを村の人達も後押しする。この日は卵などの差し入れを持ってきてくれた。オープン間近のある日、志賀さんは料理のお披露目会を行った。お披露目会には村の外からも人が訪れた。志賀さんは野菜たっぷりのカレーを振る舞う。米も野菜も川内村産だという。志賀さんはは村がなくならないための力になれればと話した。あれから間もなく12年、清流は変わらずに村を潤す。
川の水は人里に流れ、暮らしを彩る。井手孝明さんは地元の工場で働きながら野菜づくりに勤しむ。川内村は上水道がなく、人々は井戸水や湧き水を使って生活してきた。井手さんは水の安全性が確認すると村に戻ってきた。井手さんの自宅の裏にある水源は井手さんのお父さんが70年前に発見しと整えたものだという。家族の暮らしが戻ってきた。
志賀風夏さんは川内村で古民家カフェを作り、来月のオープンを目指している。こだわりは「水」。川内村には8割ほどの人が戻ってきたが、若い人は戻らずに避難先で生活する人が多いという。村の良さをもう一度わかってもらうため、志賀さんは古民家カフェを作った。そのきっかけは神奈川県に避難した時に村での生活が失われたことに気がついたのだという。5年前に戻ってきた志賀さん、現在はカフェオープンに向けメニューを開発している。そんな志賀さんを村の人達も後押しする。この日は卵などの差し入れを持ってきてくれた。オープン間近のある日、志賀さんは料理のお披露目会を行った。お披露目会には村の外からも人が訪れた。志賀さんは野菜たっぷりのカレーを振る舞う。米も野菜も川内村産だという。志賀さんはは村がなくならないための力になれればと話した。あれから間もなく12年、清流は変わらずに村を潤す。