奈良・八木札の辻は持統天皇時代の一番の交通の要衝で、都と地方を結ぶ幹線道路の交差点だった。当時の道幅は23m。群馬県太田市で持統天皇時代の直線道路が見つかった。古代国家の力が地方にまで及んでいたことが判明した。また、鳥取県鳥取市でも山を切り崩して尾幅9mの直線道路が造られていたことが分かった。藤原京から全国へ道路の整備が飛躍的に進んだ。天皇が日本全国を把握している中央集権を実現した。近年、道路整備には別の目的があったことが判明。人の支配と同時に国土の支配が必要で、日本列島改造計画というのが道路建設だった。持統天皇は53歳のとき、孫に譲位し、史上初の上皇となった。
