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「日露戦争」 のテレビ露出情報

桐谷キャスターは文化学園服飾博物館を訪れ、「衣服が語る戦争」という企画展を企画した村上さんに案内してもらった。昭和初期の衣服の柄には戦闘機や国旗などが描かれていた。そうした柄は戦争柄と呼ばれ流行したという。村上さんは登場したのは明治時代の日清戦争・日露戦争のあとぐらいだとした。戦争柄の流行は1930年代まで続いた。その流行を体験した渡辺チヱさんは、男の子が戦争柄を着ているのは小さい子は当たり前だったなどと話した。戦争柄を集め研究している乾淑子教授は、初期の戦争柄は羽織の裏などに描かれた贅沢品だったが、昭和に入り子どもや女性用も増え大衆化したとした。乾さんは、空襲が始まるまで日本人にとって戦争は他人事だった、戦争柄を受け止めていなかったはずなどと話した。
こうした戦争柄は太平洋戦争による物資不足とともに姿を消した。代わりに普及したのが洋服。当時の婦人標準服は国が推奨した婦人服で節約を重視したデザインだった。それらは、着物から洋服へのリメークだった。ファッションについて国からの強制はあったのかと聞かれた村上さんは、それを否定し、誰かが着ていると自分も着なければいけないといった日本人の協調等が盲目的になる怖さがあるのではなどと話した。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年8月3日放送 15:30 - 16:42 NHK総合
ファミリーヒストリー福山雅治
敬一の五男博さん、敬一は海軍の通信員だったと話した。敬一の任地は鎮海、日露戦争をきっかけに軍港として開け日本人が移り住んでいた。鎮海での敬一の足跡を調べる、戦前の日本家屋も残っていた。休日は日本兵が街に出て過ごしていた。敬一は石田久と出会う、後の雅治の祖母。久のルーツは山口市、父角治郎は石部の材木商の息子、結婚後妻の実家のある山口に移り住み商売していた。久の[…続きを読む]

2025年8月2日放送 17:30 - 18:50 TBS
報道特集(特集)
アイヌの人たちが日本兵として戦った歴史について語った。アイヌが徴兵された初めての大規模な戦争は日露戦争。明治政府から叙勲されたアイヌ兵がいて、アイヌたちの間に勇敢に戦えば差別が克服できるという期待が生まれたかもしれない。一方、この戦争は和人の戦争なので人を殺すなと話した文献も残っている。アイヌ兵にとっても地元民にとっても南北之塔は大事な場所だという。アイヌ以[…続きを読む]

2025年7月25日放送 4:15 - 5:00 NHK総合
国際報道(ニュース)
先月メキシコで始まったオンラインの公開講座。日系人たちがかつてメキシコに渡った祖先たちの足跡を辿る方法を学ぶ。日系4世や5世の若者ら約20人が参加。その多くが日本の名字を持っている。講座を開いたのは平井伸治さん。メキシコで日本人移民の研究をしている。祖先を探す手がかりは移民を斡旋した会社の乗船記録。そしてメキシコ各地に渡った日本人が残した名簿。平井さんはデー[…続きを読む]

2025年7月22日放送 4:55 - 8:00 テレビ朝日
グッド!モーニング依田司のお天気検定
『知名度が高まるきっかけは?』というクイズが出題された。選択肢は青(日露戦争)、赤(関東大震災)、緑(ラジオ放送開始)の3択。

2025年7月20日放送 0:10 - 1:23 NHK総合
カラーでよみがえる映像の世紀(映像の世紀)
1913年3月、ロマノフ家300年式典。ロマノフ家の威信をかけた華やかなセレモニーだった。やがてロシア革命で処刑されるニコライ皇帝一家が写っている。グリゴリー・ラスプーチンはニコライ一家に寄り添い、権力をほしいままにしたといわれる。ニコライ2世のアレクセイ皇太子に対する溺愛ぶりは、公式行事の映像にも表れている。ニコライ2世の日記にはアレクセイとラスプーチンの[…続きを読む]

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