TVでた蔵トップ>> キーワード

「東京オリンピック」 のテレビ露出情報

北海道・別海町は14000人が住んでいて、古くから酪農が盛ん。その牛の頭数は人口の8倍。生乳生産量は日本一を誇る。町の中心部にあるのが1周400mの屋外リンクで憩いの場になっている。リンクは無料で利用可能でスケートを通した地域の交流が生まれている。そこに日本代表の森重航の姿があった。里帰りで滑りに来たと言うが、森重にとっては大切な場所だという。別海町で45年の歴史を持つスケート少年団の白鳥。ここで子どもたちが練習に励んでいる。その創業者は楠瀬功。リンク設立に尽力した人物だという。楠瀬が別海町にやってきたのは今から60年前で、体育教師だった楠瀬は小学校に赴任したが、そこで出会った子どもたちの様子にショックをうけたが、覇気がなかったという。酪農が盛んな別海町は広大な牧草地が広がっていて、家と家の間は1キロ以上離れ、冬は気温マイナス10℃以下の極寒の地。氷と雪に閉ざされて外に出歩く人はほとんどいない。そのために人見知りな性格の人が多かったという。
当時日本は東京オリンピック直後で、スポーツが夢と希望をもたらし高度経済成長に拍車をかけていた時代。極寒の地でも目標を持って取り組めるスポーツはないだろうかと思いついたのがスピードスケートだった。冬になると校庭にリンクをつくり体育の授業が行われていた。楠瀬は放課後など、子どもたちを目標をもって活動できる場所をと考えた。そこで農家や保護者を説得し、空き地にリンクを作らせてもらい練習を行った。子どもたちはどんどん意欲的になっていったという。現在白鳥の監督をしている小村は小学生で何気なく参加したがのめり込んでいったという。練習場の近くで酪農を営んでいた子どもたちの変化に手応えを掴んだ楠瀬は、同時にリンクの大きさに物足りなさを感じていた。大会で使用されるリンクは一周400m。しかし、この時のリンクは200mしかなかったという。楠瀬は役場に何度も足を運び、400mのリンクの設立を訴えた。その熱い思いが結実し1981年に誰もが通える町の中心部に町営のリンクが設立。総工費6000万円をかけた一大プロジェクト。完成と同時に発足したスケート少年団の白鳥は、年々団員数が増加。大会を開けば、近隣の町からも参加者が集まった。
去年12月の夜8時に街の人達が集まっていたがリンク作りを行っていた。専用の散水車がないために牛の搾乳で使う牛乳タンクで水をまく。タンク一回分で貼れる氷は1ミリ程度。それを厚さ5センチになるまで繰り返す必要がある。45年間保護者を中心に町の人たちによって続けられている。こうした苦労が実を結ぶ。リレハンメルオリンピックに白鳥出身の選手が出場したが楠瀬の長女だった。その当時の資料には海外で戦う楠瀬志保から町の人に一通の手紙が届き、育ててくれた町への感謝への想いが綴られていた。楠瀬志保は長野オリンピックにも出場し、この町から5人のオリンピアンが生まれた。
小学3年生の小川航平さんは白鳥の男子最年少。彼の今シーズンの目標は初の1500m出場。この広いリンクをおよそ4周する。技術だけでなく体力も求められる。上級生たちの後を一生懸命についていく。転ばずに完走するのが目標だという。そしてシーズンはじめの決起集会が開かれたが、そこで振る舞われた寿司は弁慶寿司。楠瀬が、子どもたちのために握ったものだという。美味しいものを食べながら仲間意識を持ってほしいという願いがある。小川さんは今シーズンの意気込みを語った。そして第46回 別海町スポーツ協会会長杯距離別競技会がスタート。この競技会はリンクができた頃から続く伝統で、別海町が最も活気づく時期。そこにあの森重航が激励にやってきた。小川さんも男子1500mに臨み、なんとか完走に成功した。航平さんは1500mを完走した感想にやっと終わったと思ったという。またその父もスケートのリンクづくりを行っているというが、極寒の中作らなければいけないのが大変だという。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年10月23日放送 22:00 - 22:30 NHK総合
ドキュメント72時間東京 お墓参りはビルの中で
東京・浅草近くのオフィスビル街にある室内墓所で取材。2階は本堂。室内墓所を管理しているのはこの地で400年以上続く浄土真宗のお寺。東日本大震災で寺が半壊し、再建で現在の形式になった。この日法事を行った家族。男性は91歳で死去。妻は70年連れ添った。妻が19歳、夫が21歳の時に養子同士で結婚した。地元は青森。東京オリンピックにあわせ夫婦で上京し苦楽をともにした[…続きを読む]

2026年10月23日放送 20:55 - 22:00 TBS
知識の扉よ開け!ドア×ドア クエスト国民的駄菓子一体何でしょう?
超ロングセラー駄菓子を大調査。そのお菓子は1964年に発売したという。そこで工場から何のお菓子を作っているのか製造工程の様子が伝えられた。正解は「チョコバット」だった。
引き続き超ロングセラー駄菓子を大調査。そのお菓子は1940年に発売したという。そこで工場から何のお菓子を作っているのか製造工程の様子が伝えられた。

2026年10月17日放送 12:15 - 13:20 テレビ東京
つまらなかったらスワイプしてください(つまらなかったらスワイプしてください)
買取専門店「買取大吉」の査定員と空き家へ向かった。しかし、築50年以上で想像を上回るおんぼろだったが、かつては美容室として元美容室だった店舗型住居物件。今回はここで眠っている宝物を探す。金庫を開けると記念500円硬貨や、1964年の東京オリンピックの1000円硬貨などが出てきた。この硬貨は日本出始めて製造された記念硬貨。さらに18金のアクセサリーなども見つけ[…続きを読む]

2026年10月16日放送 18:50 - 20:00 テレビ朝日
ザワつく!金曜日早押し問題!
「日本発祥の何を作っている?」と出題。油紙に着目し商品を開発したという。発売したのは1958年。知れ渡ったきっかけはアメリカのバイヤーがニューヨークで発売し爆売れしたこと。

2026年10月15日放送 20:15 - 20:42 NHK総合
コンテナ全部開けちゃいました!2026 横浜港編
エクアドル・グアヤキル港から来たコンテナは0.1℃単位の温度管理が可能なリーファーコンテナ。温度設定はマイナス18℃以下で中身は冷凍ブロッコリーだった。ブロッコリーは近年人気が高く、ここ30年で1人あたりの購入量はおよそ3倍に増え、国内で流通するブロッコリーの35%を外国産の冷凍ブロッコリーが占めている。また冷凍ブロッコリーは冷凍野菜の中で輸入量1位となって[…続きを読む]

© 2009-2026 WireAction, Inc. All Rights Reserved.