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「東京美術学校」 のテレビ露出情報

続いては東京都・三鷹市から。息子さんとお庭に植えた野菜の話をしているのが依頼人・畑久子さん(94歳)。一番のお気に入りはみかんの木。青々と育った紫蘇はお蕎麦に入れて食べると香りが最高なんだとか。お宝は明治時代、イタリアで活躍した日本初めての女性洋画家の絵とのこと。義父・正吉さんは彫刻家で東京美術学校教授や造幣局の彫刻技術顧問をつとめ、文化勲章のデザインなどを手掛けた。大正11年、ヨーロッパ留学中にその女性画家と知り合い、互いの帰国後は自宅を行き来する仲だったそう。義父の家にあった絵は義父亡きあと美術館に寄贈。自分の家にはなにもないと思っていたが最近、夫の遺品を整理したところ見たことのない絵を発見した。久子さんは一目で彼女の絵だと思ったそうだがサインがないとのこと。スタジオに登場した依頼品は「ラグーザ玉の絵 2点」。ラグーザ玉は明治時代、イタリアで活躍した我が国初の女性洋画家。1861年、江戸・芝で大きな家園を営む裕福な家に生まれ、本名は清原玉。幼い頃から日本画を習い、家園の草花を描くのを何よりの楽しみとした。16歳のころ、その姿を目に止めた1人の外国人が「いい絵ができますね」と語りかけた。ヴィンチェンツォ・ラグーザは工部美術学校教授としてイタリアから招聘された彫刻家だ。玉の才能をひと目で見抜いた彼は当時高価だった鉛筆を玉に与え、以来毎日のように訪ねては写生の重要性を説き、洋画の技法を伝授。「古器物写生画(3)」はヴィンチェンツォが買い集めた骨董を描いたもの。玉の初期の作だが、対象の質感や立体感を正確に捉えている。この写生画を玉は1日1枚のペースで描きヴィンチェンツォを驚かせた。またこの頃、ヴィンチェンツォに請われ彫刻のモデルもつとめた。その作品は実に可憐で互いに愛情を抱いていたことがうかがえる。玉が19歳のとき2人は結婚。そして1882年、ヴィンチェンツォの故郷、イタリア・パレルモに移住。これは日本洋画の父と呼ばれる黒田清輝が渡仏する2年も前のことだった。女性が国際結婚し外国で暮らすなど想像もできない時代の勇気ある選択だった。パレルモ大学の美術科で改めて油絵を学ぶと、精力的に作品を発表。景色も風俗も日本とは全く異なる新天地で玉は自らの葛藤を高らかに歌い上げていく。天性の描写力から生み出される伸びやかな線と鮮やかな色彩。当時ここまで完璧に西洋画の技法を会得した日本人は誰一人いないだろう。サインは漢字の「清原玉」とイタリア名の「Eleonora Ragusa」と記した。31歳のときイタリア博覧会で1等金賞を受賞。49歳でヴェネツィアビエンナーレで最高賞を受賞するなど世界中から高い評価を得たが、イタリア人画家として出品していたため、その名声が日本に届くことはなかった。1927年、最愛の夫が亡くなると、玉は帰国を決意。しかしイタリア国籍になっていた玉は日本大使館から帰国手続きを断られてしまう。念願がかなったのはその6年後、イタリア旅行中に玉を知った小説家・木村毅が「ラグーザお玉」と題する新聞連載小説を執筆したところ一躍話題となり1933年、玉は実に51年ぶりに日本の土を踏んだ。その後は生まれ育った芝で再び暮らし、1939年、77歳で亡くなるまで草花や野菜など身近なものを描き続けた。改めて依頼品を見ると、1点は水彩で雁来紅をかいたもの。みずみずしい色使いと見事な描写力はいかにも玉らしい。サインはないが、1936年、依頼人の義父宅を訪れた際の写真が残されており、このとき即興で描いたもの。もう1点は色紙に油彩で描いた「ばら」。晩年、玉が好んで描いた題材で右下に「Eleonora Ragusa」と記されている。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年1月23日放送 10:25 - 13:55 TBS
ひるおびきょうの現場
日比谷公園にやってきている。池の水が凍っている。東京の最低気温は-2.0度。噴水の鶴の銅像に氷柱ができている。明治38年に制作された。日比谷駅をおりて体を縮こませて歩く人が目立つ。防寒対策は必須だ。

2025年9月16日放送 20:54 - 21:54 テレビ東京
開運!なんでも鑑定団(開運!なんでも鑑定団)
京都・祇園から。依頼主は「WINE BAR 玄」オーナー高山さん。18年前に開店。自慢はワインの品揃え。その数500本以上。オススメのワインはメナージュ・ア・トロワ シャルドネ 白ワイン。ワインに合わせた料理も高山さん自ら調理。この日、作ったのはローストビーフ。そして淡路島産の玉ねぎが入ったポテトサラダ。お宝は40年前に4500万円で購入した東山魁夷の絵。東[…続きを読む]

2025年9月12日放送 22:30 - 23:30 NHK総合
時をかけるテレビNHKスペシャル 老友へ ~83歳 彫刻家ふたり~
彫刻家・舟越保武さんが脳梗塞に倒れたのは8年前。一命を取り留めるも右手が不自由に。作家生命は絶望的とも思われたが、入院中の舟越さんを支えたのは親友・佐藤さんからの手紙だった。佐藤さんは「元気な自分が見舞いに行くと気持を乱すのでは」と考え、手紙だけを送り続けた。舟越さんは退院後、掛け軸に書いた手紙を贈った。佐藤さんへの感謝の旨が綴られている。
彫刻家・舟越保[…続きを読む]

2025年9月12日放送 15:10 - 16:00 NHK総合
午後LIVE ニュースーン蔵出しセレクション
きょうの時をかけるテレビは1995年放送の「老友へ 83歳 彫刻家ふたり」。佐藤忠良さんと舟越保武さんの半世紀を超える友情を収めたドキュメンタリー。
佐藤忠良さん83歳。日本を代表する彫刻家。朝8時から暗くなるまで、休むことなく粘土との格闘を続けるのが佐藤さんの日常。83歳の佐藤さんには60年、共に彫刻の道を歩き続けた同じ年の親友がいる。舟越保武さん、佐藤[…続きを読む]

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