- 出演者
- 福澤朗 今田耕司 菅井友香 音無美紀子
オープニング映像。
今田さんは「何か楽しいことあるんですか?日本は」などと述べた。今田耕司は来年60歳。福澤さんは「60歳までに結婚したら僕頭丸めるって」などと述べた。
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本日のゲストは女優の音無美紀子さん。1949年東京都生まれ、6人姉妹の四女で姉や妹たちよりもとにかく目立ちたい!女優になるしかないと高校2年の時、劇団若草に入団。21歳の時、TBSの連続ドラマ「お登勢」で初の主演。もともと船山馨の原作小説の大ファンだったため、並々ならぬ熱意でオーディションにのぞみ主役の座を射止めた。幕末から明治、淡路島の人形遣いの娘、お登勢が身分の壁に阻まれながらも一途な愛を貫く姿を繊細に演じ、一躍人気女優に。ドラマで共演した俳優・村井國夫さんと1976年に電撃結婚。大きな話題になった。芸能界きってのおしどり夫婦で11月24日には歌と朗読のライブ「恋文2」を開催。夫婦ならではの息のあった朗読劇など笑いあり涙ありの楽しいステージ。
音無美紀子さんは結婚50年目。音無さんは「10年ぐらいは喧嘩もしないし、協力的だし洗い物もしてくれるし、ご飯くらい炊こうとか。若い頃はお茶が欲しいときは湯呑みをだまってテーブルに置くとか九州男児ですから。今私が捨てたら自分は生きていけないから」などと述べた。きょうのお宝は天狗久作「阿波人形浄瑠璃の木偶人形」。主演デビュー作「お登勢」が淡路島の人形遣いの娘役だった。原作の船山馨さんが小説を書くときに淡路島へ行って人形に巡り合いどうしても欲しいと買ったという。結婚する時に「お嫁に行くならこれを連れて行きなさい」とくれたという。地井武男さん、小野武彦さん、夏八木勲さんとか同期の人たちがアレだけはやめろって言ったのにと言われたという。本人評価額は50万円。評価額は120万円。林直輝氏によると阿波人形浄瑠璃の天狗久の作品に間違いない。天狗久は天狗屋 久吉を略したもの。三代にわたって襲名されたが人形を作ったのは初代の天狗久。幕末に生まれ、明治から昭和の戦中にかけて活躍。表面が平面のため黄色く変色しているのがマイナスポイントだが欠点がなければ150万円。
続いては東京都・三鷹市から。息子さんとお庭に植えた野菜の話をしているのが依頼人・畑久子さん(94歳)。一番のお気に入りはみかんの木。青々と育った紫蘇はお蕎麦に入れて食べると香りが最高なんだとか。お宝は明治時代、イタリアで活躍した日本初めての女性洋画家の絵とのこと。義父・正吉さんは彫刻家で東京美術学校教授や造幣局の彫刻技術顧問をつとめ、文化勲章のデザインなどを手掛けた。大正11年、ヨーロッパ留学中にその女性画家と知り合い、互いの帰国後は自宅を行き来する仲だったそう。義父の家にあった絵は義父亡きあと美術館に寄贈。自分の家にはなにもないと思っていたが最近、夫の遺品を整理したところ見たことのない絵を発見した。久子さんは一目で彼女の絵だと思ったそうだがサインがないとのこと。スタジオに登場した依頼品は「ラグーザ玉の絵 2点」。ラグーザ玉は明治時代、イタリアで活躍した我が国初の女性洋画家。1861年、江戸・芝で大きな家園を営む裕福な家に生まれ、本名は清原玉。幼い頃から日本画を習い、家園の草花を描くのを何よりの楽しみとした。16歳のころ、その姿を目に止めた1人の外国人が「いい絵ができますね」と語りかけた。ヴィンチェンツォ・ラグーザは工部美術学校教授としてイタリアから招聘された彫刻家だ。玉の才能をひと目で見抜いた彼は当時高価だった鉛筆を玉に与え、以来毎日のように訪ねては写生の重要性を説き、洋画の技法を伝授。「古器物写生画(3)」はヴィンチェンツォが買い集めた骨董を描いたもの。玉の初期の作だが、対象の質感や立体感を正確に捉えている。この写生画を玉は1日1枚のペースで描きヴィンチェンツォを驚かせた。またこの頃、ヴィンチェンツォに請われ彫刻のモデルもつとめた。その作品は実に可憐で互いに愛情を抱いていたことがうかがえる。玉が19歳のとき2人は結婚。そして1882年、ヴィンチェンツォの故郷、イタリア・パレルモに移住。これは日本洋画の父と呼ばれる黒田清輝が渡仏する2年も前のことだった。女性が国際結婚し外国で暮らすなど想像もできない時代の勇気ある選択だった。パレルモ大学の美術科で改めて油絵を学ぶと、精力的に作品を発表。景色も風俗も日本とは全く異なる新天地で玉は自らの葛藤を高らかに歌い上げていく。天性の描写力から生み出される伸びやかな線と鮮やかな色彩。当時ここまで完璧に西洋画の技法を会得した日本人は誰一人いないだろう。サインは漢字の「清原玉」とイタリア名の「Eleonora Ragusa」と記した。31歳のときイタリア博覧会で1等金賞を受賞。49歳でヴェネツィアビエンナーレで最高賞を受賞するなど世界中から高い評価を得たが、イタリア人画家として出品していたため、その名声が日本に届くことはなかった。1927年、最愛の夫が亡くなると、玉は帰国を決意。しかしイタリア国籍になっていた玉は日本大使館から帰国手続きを断られてしまう。念願がかなったのはその6年後、イタリア旅行中に玉を知った小説家・木村毅が「ラグーザお玉」と題する新聞連載小説を執筆したところ一躍話題となり1933年、玉は実に51年ぶりに日本の土を踏んだ。その後は生まれ育った芝で再び暮らし、1939年、77歳で亡くなるまで草花や野菜など身近なものを描き続けた。改めて依頼品を見ると、1点は水彩で雁来紅をかいたもの。みずみずしい色使いと見事な描写力はいかにも玉らしい。サインはないが、1936年、依頼人の義父宅を訪れた際の写真が残されており、このとき即興で描いたもの。もう1点は色紙に油彩で描いた「ばら」。晩年、玉が好んで描いた題材で右下に「Eleonora Ragusa」と記されている。
本人評価額は95万円。鑑定額は200万円だった。山村さんは「2点とも本物。天性の描写力がこの2枚から伝わる。玉の作品はイタリアでもすごく売れていた。画家という職業として成功していたのはすごいこと。」などと評価した。
今回、長野・飯綱町を舞台に鑑定をする。観光スポットの「霊仙寺湖」は、年中多くの人が訪れるレジャースポット。2020年、閉校した小学校をリノベーションした「いいづなコネクトWEST」・「いいづなコネクトEAST」がオープンした。元々給食調理室だったカフェ「泉が丘喫茶室」では、50品種の100%りんごジュースを販売している。看板メニューは「タルトタタン」で、1ホールあたりリンゴを約25個使用しているという。
骨董品集めが趣味の徳永輝敬さんが、「埋葬用の壺」を持ち込んだ。去年馴染みの骨董品で1万5000円で買ったもので、いつ、どこで見つけたものかなどはわからないという。本人評価額20万円に対し、鑑定額は30万円。須恵器という古墳時代~平安時代の焼き物で、これは奈良時代のものと見られるという。
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92歳のリンゴ農家の関茂男さんが持ち込んだのは「橋本雅邦の双幅」。橋本雅邦は、「近代日本画の父」と呼ばれ、横山大観や菱田春草を指導したことでも知られる。関さんは300万円近くで購入し、50年近く床の間にかけて楽しんでいたという。本人評価額は1000万円。
50年ほど前に軽トラック3台分もの大金で買った橋本雅邦の双幅。結果は5万円。安河内眞美さんは「申し訳ないです、偽物でした。遠景の山々のリズム感が描けていない。手前の船があまりにも単調。山の木立が雑。でも今日お会いできた良かったと思います」などと述べた。
ペットの猫にメロメロの上野説郎さん。愛猫はキャベツが大好き。お宝は「薩摩焼の花入」。35年ほど前に焼き物好きの知人に見せてもらい繊細な絵付けに一目惚れ、家族に無断で買った、その金額は25万円!普段は猫が倒さないようしまったままだという。本人評価額は50万円。評価額は100万円。沈壽誠が絵付けをした作品だという。沈壽誠の作品はほとんど輸出されてモノがないという。
善光寺の門前で店を営む藤田治さん。「鯉焼き」の店をしているという。長野県には祝い事の際に鯛のかわりに鯉を食べる文化があり、これにヒントを得て13年前に自ら考案した。お宝は「円空仏」。円空は江戸時代前期、日本各地を行脚しながら12万体もの仏像を制作。10年前に近所の骨董店で単なる木彫りの仏像として売られていたものだという。円空仏は過去に数百万円の高値が付いたこともあったためすぐに購入した。本人評価額は期待をこめて100万円。評価額は3000円。勝見充男さんは「まったくの偽物です。護法神といって円空の中でも荒々しい作り。偽物も多い。全体的な彫りが甘い。円空は一つ一つの彫りに読経を込めて作っている。こちらには感じられない。本物なら800万円はする」などと述べた。
去年5月、愛知・犬山市での出張鑑定で、加藤二三憲さんは「高塚省吾の油絵」を持ち込んだ。本人評価額200万円に対し、鑑定額は500万円だった。番組に出たことで、加藤さんの身の回りでも反響があったという。今回、加藤さんは妻に内緒で集めた「ブルートレインのヘッドマーク 7点」を鑑定に出した。1956年、国鉄の悲願だった東海道本線の全線電化が完成し、戦後初の寝台特急「あさかぜ」が運行を開始した。当初、車両の半数を他の列車の中古で補っていたが、1958年に20系客車を投入した。その車体が鮮やかな青色だったため「ブルートレイン」と呼ばれることになったという。まだ一般家庭にエアコンが普及していない中、全車冷暖房を完備し、オール電化の食堂車ではビーフステーキの焼き具合まで指定できた。また、国鉄初となる一人用個室で、その豪華さから「走るホテル」と呼ばれた。混雑緩和のため、1959年には新たな寝台特急「さくら」を運行するなど、次々と新たな寝台特急を投入した。これらの寝台特急は「ブルートレインブーム」という社会現象を起こし、東京駅には多くの人だかりができたという。しかし、1980年代、長距離移動の手段は新幹線や航空機に移行し、1990年代以降、次々とブルートレインは廃止され、そして2015年にはブルートレインが全廃した。加藤さんのブルートレインのヘッドマーク7点の購入額は約500万円だったという。
お宝鑑定の依頼を募集している。宛先は「106-8007 テレビ東京 開運!なんでも鑑定団係」へ。住所や氏名などとともに、お宝の写真・エピソードを添えて応募。詳しくは「テレビ東京 鑑定団」で検索。
加藤さんが持ち込んだ「ブルートレインのヘッドマーク7点」は、本人評価額500万円に対し、評価額は1450万円。TEC-ZEROの岩屋章三さんは「個人のコレクションで7点全てを揃えられているのは初めて見ました。ブルートレインは今も尚根強い人気があり、このヘッドマークは高値で取引されています」などと話した。
「開運!なんでも鑑定団」はTVer・U-NEXTで配信中!
「WBS」の番組宣伝。高市総理の経済・外交政策の行方は。
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