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「東日本大震災」 のテレビ露出情報

山下雄平議員の質疑。石破総理が衆議院の自民議員に商品券を配ったことについて。3月3日に自民議員15人と会食し、それに先立ち参加議員の事務所に商品券を届けた。会食のお土産代わりとして私費で用意したもので、政治活動には該当せず政治資金規正法にも抵触しないとの見解を示した。石破総理は「個人的な労いで行ったもの」と主張した。山下議員は「なぜ高額な商品券を配ろうという発想になったのか」などと尋ねた。石破総理は「高額で世間の常識とかけ離れているという批判は甘んじて受けねばならない」などと話した。山下議員は「庶民的な感覚こそ国民が石破総理に期待していたもの」として、その感覚が総理になって変わってしまったのかどうかと尋ねた。石破総理は「世間の皆様と遠くなってしまっていることは反省している」などと話した。
山下議員は「誰もが安心して医療を受けられるようにするためにどのように取り組んでいくのか」と尋ねた。福岡厚生労働大臣は「医師偏在の解消及び看護師人材の確保に総合的に取り組んでいく。薬の安定供給については企業への増産の働きかけと産業全体の生産性向上に務めていく」などと答えた。山下議員は米国が導入する相互関税の対象に米や牛肉、乳製品も対象になることについて見解と対応策を尋ねた。江藤農林水産大臣は「対象となるべきではないというのが日本のスタンスとして米側と意思疎通を図っている」などと話した。山下議員は届け出の提出が必要な米の販売業者の基準を20トン以上から10トン以上に引き下げることについて、いつまでに引き下げを行うのか目安を尋ねた。江藤大臣は「農林水産省の統計の精度を高めるための多くのエビデンスが必要となる。ただ体制を整備する等の準備や周知期間が必要なので詳細な時期はまだお伝えできない」などと話した。山下議員は日本産水産物を巡る諸外国との交渉の見通しについて尋ねた。石破総理は「日本産食品の輸入規制撤廃は政府の最重要課題。現状49の地域が規制を撤廃している。中国における日本産水産物輸入再開の時期は決まっていないが、輸入再開に向けて最大限努力していく」などと話した。
山下議員は他党の中に「公共事業はさらに削減すべき」という意見があると紹介し石破総理の見解を尋ねた。石破総理は「将来のコストを考えて公共投資は安定的・計画的に進めていくべき」などと答えた。山下議員は都会と地方の2拠点居住の意義について尋ねた。古川国交副大臣は「2拠点居住は地方創生2.0の切り札の1つ。地域経済活性化やイノベーションの創出などが期待でき、今後も強力に推進していく」などと答えた。山下議員は2拠点居住には経済的ハードルがあるとして、鉄道・飛行機の定額乗り放題サービスの検討をしてはどうかと尋ねた。古川副大臣は「2拠点居住者の交通費・滞在費負担の軽減のため、官民一体のプラットフォームで議論を進めている」などと話した。山下議員は国勢調査を担う自治体の不安にどのように応えていくのかなどと尋ねた。村上総務大臣は「今回の国勢調査からは、自治体への支援を始めインターネット利用の促進などに取り組む」などと話した。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年1月29日放送 19:00 - 20:00 フジテレビ
ミュージックジェネレーションこれが定番!世代別ベストソング 気合が入る勝負服
EXILE「Rising Sun」の映像と音楽が流れた。

2026年1月29日放送 15:42 - 19:00 フジテレビ
イット!あすがよくなりますように アスヨク!
グツグツと煮込んだ昔ながらのカレーライス。お店があるのは日中でもほとんど人影がない福島県双葉町。東日本大震災による原発事故で住民全員が避難を余儀なくされた双葉町。14年経ったいまも一部で帰還困難区域が残っている。店主は元東京電力の職員。

2026年1月29日放送 12:00 - 13:40 テレビ東京
昼めし旅宮城県仙台市
お知り合いに紹介してもらった佐藤さんのご自宅を訪問。東日本大震災で津波被害を受け、二世帯住宅を建てたという。佐藤さんのお宅は鉄工所兼農家で、畑でちぢみ雪菜を収穫した。

2026年1月29日放送 8:00 - 9:55 テレビ朝日
羽鳥慎一モーニングショー(ニュース)
衆院選宮城4区から出馬する自民・森下千里候補は元タレントで多くのテレビ番組に出演。5念前の衆院選で初の国政挑戦も落選。2年前の衆院選は比例代表で初当選。高市内閣では環境大臣政務官に任命。今回の衆院選はバックアップしてくれた公明党が敵となる。おとといの演説に高市総理が登場した。中道・安住淳候補は新党立ち上げのキーマン。1996年の衆院選旧宮城5区から出馬し初当[…続きを読む]

2026年1月28日放送 18:10 - 19:00 NHK総合
首都圏ネットワークシュトボー
15年前の東日本大震災では首都圏で公共交通機関が止まり駅は行き場を失った人などで溢れかえった。当時品川区のオフィスで働いていた堤知佳さんは、とどまるか迷った末、約20キロ離れた川崎市の自宅まで同僚と一緒に歩いて帰った。その日はタイトスカートにヒール付きの靴で、途中スニーカーを購入して履き替えたが厳しい道のりだったと記憶している。当時まだスマートフォンは普及し[…続きを読む]

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