東日本大震災からきょうで15年。岩手・宮古市では毎年、避難訓練が行われている。参加者は「津波も火事も見てる。ものすごく怖かった。忘れずにやらなきゃならないと思っていた」と話した。
2011年3月11日午後2時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の地震が発生。津波で甚大な被害を受けた岩手・宮城・福島などで死者1万5901人、行方不明者2519人。岩手・宮古市では500人以上が犠牲となった。高さ10mの防潮堤を越えて津波が街をのみ込んだ。復興は進んだように見えるが多くの家が建っていたかつての町並みは戻っていない。震災当時、水門を閉じる作業をしていた津軽石(第20分団)消防団長・長洞正人は水門の上から津波により流されていく人の姿を目撃したという。長洞は「水門の上にはロープなど何も準備していなかった。申し訳なかったとずっと思っている」と話す。長洞は、こうした経験から市を挙げて行われる避難訓練を支え続け、住民らに参加を呼びかけている。長洞は「(震災を知らない世代には)もしかすると津波が来るということを理解して覚えてもらえたら」と話す。
15年の年月で震災を覚えていない、知らない世代が増加した。高校3年生は「母から急いで逃げて怖かったと聞いた。もし子どもができたら震災のことは絶対に教えたい。自分の身は自分で守れたら一番なので絶対に教えたい」と話す。父が監督を務める相撲クラブで練習に励む佐々木海優(15歳)は2011年1月生まれ、震災当時は生後2カ月だった。住んでいた家は津波で流されたという。佐々木は「全然覚えてない。お父さんが流されたと聞いてびっくりした」、父・力男は「逃げようとしたが間に合わなくて流された」、母・しのぶは「逃げるしかないっていう感じ」などと話した。両親は当時の経験から、避難に対する意識を持つよう伝えているが当時の記憶がない海優とは意識の違いがあるという。きのう、津軽石中学校で2010年から2011年に生まれた中学3年生の生徒による未来に向けたメッセージの発表が行われた。伊藤アナは「いかに次に備えるかっていうのはみんなのテーマ」などとコメントした。
2011年3月11日午後2時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の地震が発生。津波で甚大な被害を受けた岩手・宮城・福島などで死者1万5901人、行方不明者2519人。岩手・宮古市では500人以上が犠牲となった。高さ10mの防潮堤を越えて津波が街をのみ込んだ。復興は進んだように見えるが多くの家が建っていたかつての町並みは戻っていない。震災当時、水門を閉じる作業をしていた津軽石(第20分団)消防団長・長洞正人は水門の上から津波により流されていく人の姿を目撃したという。長洞は「水門の上にはロープなど何も準備していなかった。申し訳なかったとずっと思っている」と話す。長洞は、こうした経験から市を挙げて行われる避難訓練を支え続け、住民らに参加を呼びかけている。長洞は「(震災を知らない世代には)もしかすると津波が来るということを理解して覚えてもらえたら」と話す。
15年の年月で震災を覚えていない、知らない世代が増加した。高校3年生は「母から急いで逃げて怖かったと聞いた。もし子どもができたら震災のことは絶対に教えたい。自分の身は自分で守れたら一番なので絶対に教えたい」と話す。父が監督を務める相撲クラブで練習に励む佐々木海優(15歳)は2011年1月生まれ、震災当時は生後2カ月だった。住んでいた家は津波で流されたという。佐々木は「全然覚えてない。お父さんが流されたと聞いてびっくりした」、父・力男は「逃げようとしたが間に合わなくて流された」、母・しのぶは「逃げるしかないっていう感じ」などと話した。両親は当時の経験から、避難に対する意識を持つよう伝えているが当時の記憶がない海優とは意識の違いがあるという。きのう、津軽石中学校で2010年から2011年に生まれた中学3年生の生徒による未来に向けたメッセージの発表が行われた。伊藤アナは「いかに次に備えるかっていうのはみんなのテーマ」などとコメントした。
