TVでた蔵トップ>> キーワード

「柳川古文書館」 のテレビ露出情報

旅のお題は「福岡・柳川は、なぜ“水郷の町”になった?」。柳川は有明海に面している。有明海は干満差が日本一で干潟が有名。柳川は水捌けの悪い土地で排水をするために掘割が必要だった。掘割は930kmもある。この掘割の大工事を手掛けたのが、関ヶ原の戦いで石田三成を捕らえる武功を挙げて褒美として徳川家康から柳川の地を与えられた田中吉政。田中吉政がまず手掛けたのは滋賀・近江八幡。田中吉政は“土木の神様”とも呼ばれ、柳川はキャリアの集大成でもあった。その掘割は柳川の暮らしに欠かせないものになっていった。
旅のお題は「福岡・柳川は、なぜ“水郷の町”になった?」。江戸時代の柳川城の城下町の南側には広大な干潟が広がっていた。田中吉政はこの広大な干潟に目を付け、堤防を築いて海水の侵入を防いだ上で内側を農地に変えるという干拓事業を行った。高低差がほとんどない柳川で、高低差ができていた道路は、この堤防の名残。田中吉政以降も次々に干拓地が造られ、農地が拡大していったという。掘割の水は農業にも利用された。
旅のお題は「福岡・柳川は、なぜ“水郷の町”になった?」。掘割と干拓によって繁栄した柳川の町。その繁栄ぶりが分かるのが柳川藩主の邸宅だった場所。立花家が1620年から約250年間にわたって柳川藩主を務めた。庭園には掘割の水が使われている。
旅のお題は「福岡・柳川は、なぜ“水郷の町”になった?」。タモリらは掘割を清掃している人たちの元へ。清掃は毎日休み無しで行っているという。清掃が始まったきっかけは1970年代に水道が普及したことで堀が使われなくなったこと。使われなくなったことで掘割はゴミ捨て場と化した。掘割の大半を埋め立てる計画も浮上したが、市の下水路担当だった広松伝さんが掘割が果たしてきた役割を訴え、市長を説得。計画は白紙になった。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年8月3日放送 15:30 - 16:42 NHK総合
ファミリーヒストリー福山雅治
福山家の戸籍をたどると福岡・柳川市にルーツがあることがわかった。水郷の町として知られる柳川は今も福山家の本家がある。福山喜代子さんの6年前に亡くなった夫が福山さんの父・明のいとこにあたる。福山家はかつて自動車の販売整備をする福山モータースを営んでいた。それ以前は別の仕事をしていたという。柳川古文書館には大正13年の柳河商工案内があり、そこには仏具職で祖父の兄[…続きを読む]

© 2009-2026 WireAction, Inc. All Rights Reserved.