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「栃ノ心」 のテレビ露出情報

日本に住む外国の方々はどんな朝食を食べているのか。お宅にお邪魔して世界の食を学ぶ。KEY TO LIT・猪狩蒼弥が助っ人に。今回の朝ごはんは北海道よりひと回り小さい国ジョージア。ヨーロッパとアジアの間に位置するジョージアは貿易上の重要な場所として、昔から様々な食材などが集まり独自の食文化を発展させてきた。世界で最初にぶどう栽培が始まった地とも言われ、8000年続く伝統製法で造られたジョージアワインは世界のワイン愛好家から高い評価を得ている。ギオルギさんファミリー宅へ。ジョージア出身の夫・ギオルギさん、フィリピン出身の妻・ハーシーさん、2歳のマリちゃんの3人家族。中には夫の友人・イヴァネさんがいた。この日は年1回のジョージア・フェスティバル開催日。ギオルギさん一家はお昼から参加。その前に朝ごはんをご相伴にあずかる。温暖な気候のジョージアでは古代から小麦栽培が盛んで、シルクロードの交易路ということもあり小麦文化が発展。さらに山岳地帯も多く牛やヤギなどの牧畜も盛んなため乳製品は食卓の定番。1品目はイメルリハチャプリ。ハチャプリとはジョージア語でチーズのパン。東西に長いジョージアでは地域によって様々なハチャプリがあり、イメルリハチャプリはイメレティ地方のハチャプリ。小麦粉にイースト菌と水を入れてこねる。ふっくらと仕上げるためにサラダ油を使用。発酵させるため40分ほど寝かせる。次にチーズに卵を入れてこねる。発酵させたパン生地の上にチーズを同じ分量のせたら生地でチーズを包む。めん棒で平らにして熱したフライパンで焼いていく。ジョージアはチーズ王国とも呼ばれるほど多様なチーズ文化が根付いた国。地方に行くと手作りチーズを販売している光景も珍しくないという。イメルリハチャプリにはやや塩辛いイメルリチーズを使用するが、日本ではミックスチーズで代用。膨らんだら仕上げにバターを塗って完成。
2品目はキックリコ。食材は食パン・卵のみ。卵に入れる調味料が塩。問題:キックリコとは日本語で何を表しているでしょうか?正解:コケコッコー。卵液に食パンを浸して焼く。フレンチトーストに似ているが味付けは塩のみ。ジョージア版フレンチトーストのキックリコが完成。3品目はヒンカリ。クミンを買い忘れたとのことで2人で初めてのおつかいへ。クミンはカレーなどにも使われる香辛料でジョージア料理にも度々使われるスパイス。クミンを無事購入しヒンカリ作りスタート。牛と豚の合いびき肉に玉ねぎとコリアンダーを加え、味の決め手となるクミンを小さじ1。しっかりと混ぜ合わせて餡を作る。コップのフチを使って小麦粉の生地を切り分け、めん棒で薄く伸ばしていく。その上に餡をのせるて閉じていく。これを沸騰したお湯で10分間ゆでていく。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年1月22日放送 10:25 - 13:55 TBS
ひるおびグルメの現場
横浜赤レンガ倉庫で開催の「酒処 鍋小屋 2026」から中継。御手洗菜々と南後杏子は、元大関・栃ノ心が愛した「ちゃんこ鍋(塩ソップ)」をいただく。「酒処 鍋小屋 2026」は来月1日まで、正午~午後9時まで開催されている。

2025年11月15日放送 16:00 - 16:45 テレビ東京
NEXTユニコーン(オープニング)
ユニコーン企業を目指す女性起業家に密着。乗り込んだのはワイン発祥の国・ジョージア。そんなスタートアップが手を組んだのは元大関・栃ノ心。オープニング映像。

2025年11月13日放送 23:15 - 0:15 テレビ朝日
アメトーーク!芸人体当たりマン決定戦
ここまでの「ぐるぐるバット相撲」について。しんいちはみなみかわとの取組前、「父親が経験人数1人」と挑発。みなみかわは「うちの親父、公務員やぞ!!」と反論。栃ノ心との取組については「絡み方むずかった」とコメント。井口vs熊元では井口が自滅。熊元いわく、井口は事前に「いきなりコケるのはやめよう」と言っていた。和田vs根建ではお互いに相手を見つけられない状況に。取[…続きを読む]

2025年9月24日放送 18:30 - 20:30 TBS
世界くらべてみたら世界くらべてみたら 駐日大使も参戦SP
その国の人が知っている日本語、1人1個合計100個を目指す。ジョージアのティムラズ・レジャバ駐日大使がスタジオに登場。ジョージアは1991年にソ連から独立、2015年から国名呼称を変更した。
自由広場から日本語探しをスタート。「おにぎり」「たこ焼き」「抹茶」「埼玉」などが出た。トビリシ市内には日本食レストランが50軒以上ある。デゼルテル・バザールでは鯉・鱒[…続きを読む]

2025年7月15日放送 15:55 - 18:00 NHK総合
大相撲(2025年)大相撲 名古屋場所 三日目(中継2)
湊川が大関昇進を決めたのは平成31年の春場所で栃ノ心を破って二桁に乗せて昇進を確定的になさせた。湊川は「自分のときは大関入れ替え戦だった。栃ノ心関も大関を守るか陥落するか、僕も負ければ大関取りやり直しだったし、本当に人生で優勝争いも優勝もあったけど、眠れなかったのはあの日だけだった」などと話した。その時の一番を振り返った。

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