10年前にスケッチブックを見つけたのは甲斐さんの姪、大西美枝子さんと三好純子さん。2人は戦後生まれで甲斐弘之さんに面識はない。宇佐市の資料館で、甲斐さんは特殊な任務に就いていたことが分かった。日本海軍が開発した、人間爆弾の桜花。1トンの爆弾を積み、敵の軍艦に突っ込んで攻撃する特攻兵器。桜花は爆撃機によって運ばれ、多くの部隊が護衛について運ぶ。 甲斐さんはこの分隊長を務めていた。甲斐さんが実際に突撃した映像が映し出されていた。しかしスピードが遅く、日本軍はアメリカ軍に大きな被害を与えられないまま160人以上が戦死した。記録によると、甲斐さんが本日の攻撃について訴えている資料が残っていた。出撃した甲斐さんはその日24歳で亡くなった。
さらに調べると、生前の甲斐弘之さんを知る人がいるということで取材した。鬼島善郎さんははとこにあたる親戚。当時宮崎県では数人しか入ることができなかった海軍士官学校に入学した甲斐弘之さんは村中の子どもたちの憧れの的だった。しかし、夏に突然帰ってきた時は髪がボーボーでやつれ、過去の風貌とは考えられなかったと話す。この夏はサイパン島の戦いで敗れるなど日本軍の戦況は悪化していた。こうした中、人間爆弾の桜花の開発が進み、搭乗員が募られていった。今回鬼島さんにスケッチブックを見てもらうと、鬼島さんは絵を描いている姿を見たことがないと話した。スケッチブックの中には「自戒」という詩が綴られていた。内容は、夢を抱くのは良いが、夢を現実と照應せんんとすれば悲しい絶望があるのみである。夢と現実と現実との区別を徹見せよ。とあった。鬼島さんは、甲斐さんは本心は平和なのどかな夢もないではないが、今はそんな弱音をはいている時代ではないと考えていたのではないかと話し、これは大事な遺品だと話した。
さらに調べると、生前の甲斐弘之さんを知る人がいるということで取材した。鬼島善郎さんははとこにあたる親戚。当時宮崎県では数人しか入ることができなかった海軍士官学校に入学した甲斐弘之さんは村中の子どもたちの憧れの的だった。しかし、夏に突然帰ってきた時は髪がボーボーでやつれ、過去の風貌とは考えられなかったと話す。この夏はサイパン島の戦いで敗れるなど日本軍の戦況は悪化していた。こうした中、人間爆弾の桜花の開発が進み、搭乗員が募られていった。今回鬼島さんにスケッチブックを見てもらうと、鬼島さんは絵を描いている姿を見たことがないと話した。スケッチブックの中には「自戒」という詩が綴られていた。内容は、夢を抱くのは良いが、夢を現実と照應せんんとすれば悲しい絶望があるのみである。夢と現実と現実との区別を徹見せよ。とあった。鬼島さんは、甲斐さんは本心は平和なのどかな夢もないではないが、今はそんな弱音をはいている時代ではないと考えていたのではないかと話し、これは大事な遺品だと話した。
