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「清水建宇さん」 のテレビ露出情報

今回は、高齢者のためのJAPAN FIRSTその1。「バルセロナで豆腐屋になった 定年後の「一身二生」奮闘記」という本は、武田鉄矢と同世代の方が定年後にバルセロナに豆腐屋になったという内容だという。世界は自国民ファーストという時代であり、自国民と異国の人との間にルールを作る主張が世界のスタンダード。だが著者はその逆の体験の中に、私共が大事にしなければならない何かが潜んでいるのではということで本を読み進めたという。著者の清水建宇さんは、1947年生まれで、大手新聞社の記者だった。数年間はニュース番組のコメンテーターも務めていた。「一身二生」とい福澤諭吉の言葉を、一つの体で2つの人生を生きるという解釈をし、50代の頃から人生を二度生きてみようという考え方に憧れ、バルセロナでの豆腐屋開業を計画。定年直前にスペイン語を学びつつ、京成線の商店街にある三河屋豆腐店で豆腐作りを学んだ。作業の合間にびっしりと売り物を作っていくが、早朝から作業を始めて店頭に並べる商品が出来上がるのが午後2時過ぎ。修行数カ月、スペイン語を学びつつ豆腐屋の機材を買い集め、バルセロナに休暇を利用して飛び豆腐屋物件を探す。バルセロナ中心街に45坪、家賃40万円で豆腐屋物件を見つけた。移住者が商店を経営するのは厳しく、豆腐は直火を使わずボイラーの湯気で煮るが、湯気を出す煙突1つ作るのにも役所の手続きがうるさいという。武田さんが面白いと思ったのは、難問にぶつかると必ず手伝ってくれる人がでてくるという。彼らのサポートもあって、清水さんは豆腐店だけではもったいないと、日本の醤油や調味料、うどん、そばを売ることにしたという。同じようにスペイン語を学んでいた仲間が、店先で弁当を売ることになった。いよいよ開店となり、師匠や製造機を売ってくれた人がはるばるバルセロナまでやってきて開店を手伝ってくれたという。そして2010年4月12日に開業。なんと開店前にお客さんが20人並んだという。武田さんはなんでこんなに手伝う人が次々集まってきたかについて、頭にひらめいたのは皆が豆腐屋と聞いて必死に繁盛させたいと願った、つまり豆腐が実はJAPANだからじゃないかという。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年1月21日放送 8:14 - 9:50 フジテレビ
サン!シャイン教えてサン!八先生
定年前の62歳でスペイン・バルセロナに豆腐屋を開店した元記者だった清水建宇。2010年4月12日にオープンした際、108人の客が訪れ、売り上げは1000ユーロだった。しかし朝から換気扇を使うことに対する抗議があったため、すぐに謝罪し契約書に署名したという。1番人気はカツ丼、2番は幕の内弁当、ついでいなり寿司だった。その後、豆乳プリン、おからドーナツ、おからな[…続きを読む]

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