7月28日の午後4時27分に熊本県内を最大震度7の地震が襲った。38人が犠牲となり、住宅被害は6万棟に。この地震を引き起こしたのは地表に姿を表した活断層だった。10年で3度の震度7に見舞われた熊本。まだ終わりではない。
震度7の揺れを記録した熊本県氷川町。護念寺は地震の影響で利用できなくなった放課後児童クラブに変化し、夏休み中の子どもたちを受け入れていた。森田翔陽くんは 小学5年生。その通学路も地震で様変わりした。東北大学の遠田晋次教授が見ていたのは地震を引き起こした日奈久断層帯。10年前に発生した熊本地震。益城町で2度震度7を記録し、関連死を含めて278人が亡くなった。3年前に熊本県内で放送されたニュースの映像では、遠田教授は当時、10年前の震度7は日奈久断層帯の北部が動いたもの。その後遠田教授は断層の動きを計算し、赤く示したエリアで地震が起きやすくなっていると指摘。今回の地震はその予見通りに赤いエリアの中で発生した。新たな予見には、南の断層が動いていないのでそのしわ寄せのための大きな地震が発生する可能性を示唆した。
今回の揺れで、地震が起きやすいエリアに変化があったという。特に警戒をよびかけるのは断層帯の南部。割れ残りが残っていて、長さは40キロに及ぶ。震度7を記録した宇城市。メダカ店を営む園田幹彦さんは以前、熊本市で本屋と喫茶店を営んでいた。10年前の熊本地震では、震度6強の揺れに見舞われた。商品の1万5000匹のメダカがほとんど死んでしまい、店舗に隣接する自宅は住めない状態に。敷地の真下には危険性を言われていた日奈久断層帯があった。猛暑日が続く中でビニールハウス生活している。終の棲家として移り住んだが家族の思いは複雑だという。氷川町にある森田翔陽くんの自宅。母と兄弟4人で住んでいたが地震で半壊し、住むことができなくなった。母のみゆきさんは遠く離れた場所へ引っ越しを検討しているが、割れ残りもその一つ。転校を嫌がる子供の意見を尊重しようにも、氷川町では多くの賃貸物件も被災し、車中泊が続いていた。護念寺で開かれた夏祭り。ここに来れば大好きな友達と過ごすことができる。
震度7の揺れを記録した熊本県氷川町。護念寺は地震の影響で利用できなくなった放課後児童クラブに変化し、夏休み中の子どもたちを受け入れていた。森田翔陽くんは 小学5年生。その通学路も地震で様変わりした。東北大学の遠田晋次教授が見ていたのは地震を引き起こした日奈久断層帯。10年前に発生した熊本地震。益城町で2度震度7を記録し、関連死を含めて278人が亡くなった。3年前に熊本県内で放送されたニュースの映像では、遠田教授は当時、10年前の震度7は日奈久断層帯の北部が動いたもの。その後遠田教授は断層の動きを計算し、赤く示したエリアで地震が起きやすくなっていると指摘。今回の地震はその予見通りに赤いエリアの中で発生した。新たな予見には、南の断層が動いていないのでそのしわ寄せのための大きな地震が発生する可能性を示唆した。
今回の揺れで、地震が起きやすいエリアに変化があったという。特に警戒をよびかけるのは断層帯の南部。割れ残りが残っていて、長さは40キロに及ぶ。震度7を記録した宇城市。メダカ店を営む園田幹彦さんは以前、熊本市で本屋と喫茶店を営んでいた。10年前の熊本地震では、震度6強の揺れに見舞われた。商品の1万5000匹のメダカがほとんど死んでしまい、店舗に隣接する自宅は住めない状態に。敷地の真下には危険性を言われていた日奈久断層帯があった。猛暑日が続く中でビニールハウス生活している。終の棲家として移り住んだが家族の思いは複雑だという。氷川町にある森田翔陽くんの自宅。母と兄弟4人で住んでいたが地震で半壊し、住むことができなくなった。母のみゆきさんは遠く離れた場所へ引っ越しを検討しているが、割れ残りもその一つ。転校を嫌がる子供の意見を尊重しようにも、氷川町では多くの賃貸物件も被災し、車中泊が続いていた。護念寺で開かれた夏祭り。ここに来れば大好きな友達と過ごすことができる。
住所: 熊本県熊本市二本木1-5-12
URL: http://www.kab.co.jp/pc/
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