石川・珠洲市の80代女性の台所物語。圓堂メチ子さんは山奥にあった自宅が被災し、今は娘夫婦の住む家に身を寄せている。地震以来、一度も台所に立ったことはない。気落ちした様子の母を娘は案じている。メチ子さんは仮設住宅を希望してきたが、地震から1年経っても入れないでいた。かつては畑でとれた野菜や山菜で人をもてなしていた。納屋の奥には民泊の看板もあり、娘が5~6年前から考えてくれていた。地震の前は、農家民泊が夢だった。仮設住宅に入って1か月の今年1月、メチ子さんの新しい台所ができた。朝はご近所さんが集まる体育館で井戸端会議に花を咲かせ、この日の夜は親戚を招いて食事会を開いた。