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「田中総理」 のテレビ露出情報

田中総理と毛沢東国家主席が会談した際、大平外相は中国側から「贈り物がある」と一枚の手紙を受け取った。「ジャイアントパンダ」と中国語で書かれていたが、大平外相はこれが何か分からなかったという。手の届かない外交問題に諦め気味だった上野動物園の浅野園長にとっては、青天の霹靂だった。日中国交正常化から1カ月後、羽田空港に降り立った旅客機から下ろされた2つのコンテナはトラックに乗せられ、多くの人が待ち望む上野動物園に向かった。当時の記録映像には、中国の専門家からパンダの食事を学ぶ飼育員の姿があった。パンダ一般公開の日には、動物園を埋め尽くすほどの人が殺到。徹夜組を含む約1万8000人が詰めかけ、観覧待ちの行列は約2kmにも及んだ。講談社特別編集委員の近藤大介さんは「当時の世論調査では、中国に親しみを感じるという人は70%~80%。国交正常化したからパンダが来た、パンダが来たから日本人が中国を好きになった」などと語った。今回54年ぶりに日本から姿を消すパンダが、再びやってくる日は来るのか。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年1月26日放送 10:25 - 13:55 TBS
ひるおび(ニュース)
1972年、田中角栄総理が日中共同声明に調印した1ヶ月後、日中国交正常化を記念し、中国から上野動物園に、パンダのカンカンとランランが贈られ、日本はパンダブームに。上野動物園では、長蛇の列ができ、混雑のあまり入場が制限された。1986年、上野動物園で、パンダの繁殖に成功。トントンが誕生した。1992年には、日中国交正常化20周年を記念し、リンリンが来園し、上野[…続きを読む]

2026年1月25日放送 20:54 - 23:09 フジテレビ
Mr.サンデーサンデーDOCS
日本人がパンダの虜になったのは、今から50年以上前のこと。1972年、パンダが初来日した。1986年には赤ちゃんパンダが誕生し、名前の募集には全国から27万通の応募が殺到したという。最初に来日したランランが急死した際には慰霊祭が営まれ、その死を悼んだ。日本人のパンダへの熱狂の原点を探ると、1人の人物にたどり着く。上野動物園の第4代園長・浅野三義さんはパンダ来[…続きを読む]

2026年1月25日放送 0:10 - 1:10 NHK総合
ザ・プロファイラー(パンダと日本人の50年史 パンダをめぐる冒険)
1960年代、多くの日本人にとってジャイアントパンダは未知の動物だった。山奥に生息するため世界に知られたのも約150年前。1869年に中国を訪れたフランス人宣教師がパンダを知った。毛皮と骨を送ると剥製が作られ、不思議な姿が話題になった。1937年にアメリカで生きたパンダが公開されると大人気に。黒柳徹子は、アメリカにいた報道カメラマンの伯父にパンダの人形を買っ[…続きを読む]

2026年1月24日放送 19:30 - 20:50 NHK総合
新プロジェクトX半世紀の悲願 北陸新幹線 〜飯山トンネルを穿て〜
昭和39年、日本は新幹線の誕生に沸いた。東京から大阪を4時間で繋ぎ高度経済成長を支え大都市に豊かさと繁栄をもたらした。一方で北陸は取り残されていた。金沢から上野は特急でも8時間かかった。昭和35年12月、上野駅発急行「北陸」。乗客はふるさとで過ごす正月を楽しみにしていた。しかし大雪のため100時間かかって富山にたどり着いた。1万5000人が家族と新年を迎える[…続きを読む]

2026年1月24日放送 1:37 - 2:04 NHK総合
熱談プレイバックランラン カンカン物語
今も日本を賑わせるパンダの先駆けとなったのは半世紀以上前にやってきたランラン・カンカン。2頭の受け入れの裏には飼育員らの悪戦苦闘の日々があった。昭和47年9月29日、当時の総理大臣・田中角栄は中国との国交を樹立。官房長官の会見でパンダ一対が日本に贈られることが報告された。当時、パンダは四川省の山奥に1200頭生息すると言われる希少動物。官房長官に呼び出された[…続きを読む]

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