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「神戸駅」 のテレビ露出情報

子育て世代が集まる施設とは?廃校があるのは神戸市。神戸駅からバスで約15分。141年の歴史を持ちながら2015年に廃校になった旧湊山小学校に向かう。現地に到着すると、そこはみなとやま水族館になっていた。ここには元学校ならではの仕掛けが。職員室や保健室などがあった1階は1つのスペースにリノベーションし、250種類の生き物を展示。水槽は低い位置に設置し、小学校の椅子を再利用することでより没入できるような仕掛けがされていた。子ども目線なので、子どもたちが皆夢中になっていた。小学校の名残はほかにも。ランドセル置き場を鍵付きロッカーにリユースし、教室の床に張っていた木材を水族館にも使用しているという。入場料は大人1200円、子ども600円。
さらに、外には校庭だった場所を利用した釣り堀があり、誰でも簡単に釣ることができる。ニジマス釣りの料金は調理代込みで1500円。子どもも大人も楽しめる水族館だが、他にも体育館だった場所を再利用した場所には様々な店舗の入るフードホールがあった。さらにこのフードホールでは、理科室の机を快適な高さに変更して使用。他にも教室を再利用して保育園にしたり、給食室はクラフトビール醸造所にしたり。ハーブショップやベーカリーなど年間15万人が訪れる複合型商業施設に生まれ変わっている。
ここでお金に注目、校舎はいくらで買ったのか。このプロジェクトを進めた村上社長に聞いてみると、校舎の購入代は約3000万円。土地代は毎年神戸市役所に約1500万円ほど支払っていると言う。購入したのに土地代を支払っている理由は、村上さんが購入したのは建物のみで土地は賃貸だからだという。周辺は全盛期に小学校が半径1.5km以内に3校もあり、湊山小学校だけでも児童数は1000人以上だった。しかし少子化により10年前統合し廃校へ。子どもが減っている地域に子育て世代が集まる施設を作った理由、それは村上社長自身が湊山小学校の卒業生で地元に愛着があり、地域の魅力を知っているからこそ名乗り出たと言う。この施設の売上は、水族館関係で2億円、テナント家賃収入で1億円、計3億円の収入で経営は順調だと言う。
住所: 兵庫県神戸市中央区相生町3-1-1

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年6月22日放送 22:00 - 23:00 日本テレビ
月曜から夜ふかし月曜から夜ふかし
次に群馬県の生徒が全然いないサーカス学校問題を紹介。東京から電車で3時間半。群馬県みどり市の赤城山の麓にはサーカス専門学校の沢入国際サーカス学校が。25年前に日本唯一のサーカス学校として設立。全国各地から入学し、その卒業生にはシルク・ドゥ・ソレイユなど海外で活躍している生徒も多数。しかし現在では生徒数は4人だけ。高橋さんは演劇をしていたがサーカスがおもしろい[…続きを読む]

2026年5月10日放送 10:35 - 11:00 NHK総合
どーも、NHK(どーも、NHK)
神戸局制作の番組「モトコー⇔神戸のこれまでとこれから」。モトコーとはJR元町駅と神戸駅の間の鉄道高架下に広がっていた商店街のこと。番組はその一角でトークイベントを開催。神戸育ちの森山未來など地元を愛する方たちが地域の過去と未来を語り合った。まず振り返ったのはモトコーの歴史と価値。その原点は終戦後、国鉄の高架下に生まれた闇市。その後、神戸港からの輸入品などが集[…続きを読む]

2026年5月5日放送 19:30 - 20:50 NHK総合
夜行列車タイムマシン(夜行列車タイムマシン)
京都駅、午後5時49分。ホームに入ってきたのは2020年に運行を開始した「WEST EXPRESS 銀河」。紺色のカラーは西日本の美しい海や空を表現している。午後5時54分出発、今回は京都を出て京都に戻る周遊の旅。案内する吉川正洋のイチオシは4号車。1両丸ごと誰もが自由に利用できるフリースペースになっている。この列車の魅力は乗客の人数やニーズに合わせ多彩な座[…続きを読む]

2026年3月14日放送 23:55 - 1:05 日本テレビ
Going!(スポーツニュース)
今週水曜、東北楽天ゴールデンイーグルスの選手たちが復興への祈りを捧げた。東日本大震災から15年となった。今回番組は震災当時を知る元楽天・嶋基宏、銀次、楽天の活躍に勇気をもらった大内誠弥に話を聞いた。2011年3月11日、楽天は本拠地の宮城県から離れた兵庫・明石市でオープン戦を戦っていた。未曾有の大災害に見舞われる中、東北に戻ることができなかった選手たちは野球[…続きを読む]

2026年1月31日放送 18:05 - 18:34 NHK総合
時空鉄道 〜あの頃に途中下車〜(時空鉄道 〜あの頃に途中下車〜)
小田原駅は年間約800万人が訪れる人気観光地。小田原城のふもとには象がいた。江戸時代箱根の玄関口小田原は宿場町。1889年、東海道本線が開通したが当時の蒸気機関車では箱根の山を超えられず小田原は鉄道のルートから外され街は衰退。そんな小田原の街を救ったのは1927年に開業した小田急線。

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