あの日の櫛部と同じ苦しみを味わった教え子がいる。2009年城西大の8区を任された石田亮は、スタートから攻めた走りを見せるが、襷を待つ次の中継所に石田が来ない。カメラが捉えたのは棄権した石田の姿。低血糖症に襲われ残り1.7kmでリタイア。石田は何度も誤り続けた。その裏にはある人への思い。石田亮(35)は当時について、伊藤一行とは2年間一緒に大学で生活させてもらったが、自分のブレーキで最後の箱根駅伝を嫌な思い出で塗りつぶしてしまったと明かす。伊藤一行は学校名がない白の襷をかけて9区を最速のタイムで走りきった。しかし襷が途切れていたため幻の区間賞となった。責任を感じていた石田。キャプテンの伊藤一行は「危険という結果になったがそれは走った選手が勝ちたいという気持ちが強かったためこういうふうになったのでその選手をたたえてやりたい」と話した。伊藤の言葉で前を向いた石田は再び走り始めた。翌年再び箱根の舞台に戻ってきた石田。石田の1年間の努力を見守ってきた母秋子さんも沿道に。区間2位のタイムで襷を繋いだ。櫛部静二は伊藤一行と石田の姿に「涙を我慢していた」といい「私と同じ境遇というか失敗によって苦しんだと思う 成績を出した石田 それを喜ぶ伊藤 そういう姿を見て指導者として嬉しいと思った」という。現在2児の父となった石田さんは、2人の息子に対して密かに抱いている夢がある。