1978年、愛媛県愛南町沖の海底でダイバーが偶然、戦闘機の紫電改を発見した。紫電改は太平洋戦争末期、旧日本海軍が開発し実戦配備した最後の戦闘機。見つかった機体は、1945年7月に豊後水道上空で米軍と交戦、帰還しなかった6機のうちの1機とみられる。紫電改が配備された343航空隊は本土防衛を担い、パイロットの6割以上が戦死した。この機体の引き揚げが一筋縄ではいかなかったことを示す公文書が今年愛媛県庁で見つかった。発見の翌月から愛媛県が当時の厚生省に機体の引き揚げと遺骨調査を繰り返し要望、しかし厚生省は中に遺骨が残っている可能性が低いとして拒否した。公文書には引き揚げのリスクも書き記されていた。結局愛媛県は遺骨の有無にかかわらず機体の保存が必要だとして単独で引き揚げを実施した。
住所: 愛媛県南宇和郡愛南町御荘平城
