大阪・高槻市の病院に勤務する根本慎太郎(60)は小児心臓血管外科医。100人に1人いるといわれる先天性心疾患の子ども3000人の手術に関わり、その半数を執刀した。この日は生まれつき心臓の壁に穴があき、血管が狭くなって1歳6か月の女の子を手術。3時間ほどの手術中は心臓を止めて人工心臓で命をつなぎ、修復用パッチで心臓の穴を塞ぐ。パッチは伸びず、細胞が異物として反応して固まってしまう。早ければ2年ほどで交換するための再手術が必要となる。このパッチの交換が患者の子どもや家族を悩ませていた。枚方市に住む加藤廉基くん(取材当時15)の心臓にもパッチがついている。生後13日で初めての手術。パッチを交換するため15歳で再手術を受けることになった。患者や家族が望んでいるのは交換不要のパッチ。根本は交換不要のパッチ開発に取り組み始めたが、医療機器の約7割を輸入に頼る日本では簡単ではなかった。医療機器の世界市場はアメリカのシェアが約半分を占め。日本は5%にとどまる。特に子ども用はリスクが高く、収益が見込めないことから企業がやりたがらないという。根本は10社以上に連絡したが、どこも取り合ってくれなかった。そんな時に新聞の北陸産業特集で医療分野に挑む福井市の繊維メーカー「福井経編興業」を知った。外国製の安い生地に押され、会社の先行きを案じていた2012年に根本から連絡があった。根本に要請されて手術を見学した高木社長は「僕らが見るだけでも涙が出るような頑張りを二度と起こさせたくない。助けたいという気持ちになった」と当時を振り返った。7000万円以上をかけて無菌室を設置し、社運をかけた「ガウディプロジェクト」が始まった。パッチに求められたのは異物反応に固まらない生地であること、赤ちゃんから成人になると8倍ほどになる心臓に合わせ縦横2倍に伸びること、強度を保つことも必要だった。素材に詳しいことから開発メンバーに選ばれた櫻井潤さんは医療分野は初めてだった。医療機器の開発には技術に加えて資金が必要。根本は帝人に協力を求めた。当時の帝人は医療分野で新たな事業を探っていたが、命に関わる外科用はリスクが高い。決め手になったのは根本の提案で役員が手術に立ち会ったことだった。開発コストを確実に回収するためには海外にも販売ルートを広げる必要があった。根本は自ら海外に売り込みをかけた。