昭和19年、パラオから熊本県八代市の実家に引き揚げてからが苦難の始まりだった。父・洋は八千把国民学校に編入。パラオ育ちで標準語を話す洋は周囲から浮いていた。そんな中、祖母・スナが脳卒中で寝たきりに。洋の兄・勝嘉が一家7人の暮らしを支えた。昭和24年、洋は八代高等学校に進学。成績優秀で将来は教師を夢見ていた。しかし勝嘉がレッドパージで解雇され、行方知れずに。高校の同学年だった母・リツ子さんは現在92歳。当時の洋の印象を聞いた。
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