登山真澄さん(36)は学生時代から枕を2つ重ねること20年あまり。異変が起きたのは3年前のことだった。朝起きたら片頭痛が発生。だが普段から片頭痛持ちの登山さんは気にもとめず痛み止めを飲むと弟の運転で職場に向かった。すると車の中でいつもと違う異常を感じ、弟に救急車を呼ぶように頼んだ。弟が見ると黒目がブルブル震えていた。このとき登山さんに起きていたのは首の後ろの血管が裂ける「特発性椎骨動脈解離」。しかも血液が漏れ出したことで脳への血流が滞り脳梗塞まで合併していた。このときはなんとか一命をとりとめ元気になったが、のちにその原因が習慣化していた高い枕にあったのではとある医師たちに指摘され、今では薄い枕に変えている。登山さんにアドバイスしたのが「現場第一主義」の脳神経内科医長・田中智貴と“患者の人生ありき”がモットーの若手熱血医師・江頭柊平。この2人によってこれまで謎に包まれていた特発性椎骨動脈解離の一因が枕の高さにあると解明されることになる。2人が勤務していた大阪の国立循環器病研究センターでチームを組んだ。2人で初めて行った回診こそが特発性椎骨動脈解離で入院中の男性だった。このとき田中は普段から気になっていた枕と動脈解離の関係性を何気なく江頭に話した。椎骨動脈解離は多くの場合原因不明。高い枕が病気の原因かもしれないが高い枕とは何cm以上なのか。そこで江頭が向かったのは東京にある寝具メーカー「西川」の日本睡眠科学研究所。そのとき対応したのは野々村所長。何cm以上が高いといった基準はなく、各社でそれぞれ高い低いを決めているという。それでもこの相談に乗った理由について野々村は「我々も睡眠の質に関してはマットレスも枕も様々な研究開発をしてきた。しかし動脈解離という直接的な病気と枕の関係が分かったら」と話した。そこで野々村は過去の膨大なデータを提供した。江頭と田中は「高い」は12cm、「極端に高い」を15cmとしてアンケートを作成し、過去に特発性椎骨動脈解離を起こした53人と年齢・性別などを合わせた比較対象者53人に調査を実施した。すると12cm以上の枕を使っていたのは比較対象者が15%だったのに対し、椎骨動脈解離の経験者は34%と倍以上だった。さらに15cm以上の枕に至っては比較対象者が1.9%だったのに対し経験者は17%と10倍近い開きがあることが判明した。本来ならこれだけでも論文はかけたが、せっかくの発見も医療関係者だけしか読まない論文のままでは意味がない。そこで目をつけたのが「殿様枕」。さらに江戸時代の古文書に「寿命三寸 楽四寸」という言葉を見つけた。意味はちょんまげを崩さず楽に眠れる高さは四寸だが、長生きをしたければ三寸の枕を使え」ということ。四寸とは12cmのことだという。こうして江頭は論文にのせるための一次資料、つまり原本を探すために国立国会図書館へ行き古文とのにらめっこを続けること1週間。ついに原本を発見。こうして論文に名付けられたのは「殿様枕症候群」。せっかくの発見を一人でも多くの人生に役立てて欲しいという2人の思いが込められた論文は想像以上の広がりをみせていく。