1995年、500系新幹線電車完成式が行われた。当時、国鉄が民営化し、JR西日本は飛行機との競争にさらされていた。乗客獲得のための課題は新大阪から博多間を2時間で走行することであり、時速300km以上が求められていた。500系開発当時の車両部長であった森下は時速300km以上に至るまでには山程の課題があったなどと明かした。1992年にWIN350という高速試験車両が完成し、速度はクリアしたがトンネルから出る際に発生するトンネルドン(トンネル微気圧波)が問題となった。問題解決のために注目されたのがノーズであり、客席数を確保しながら適切な変化率を計算し、理想の長さが15mであった。
