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「読谷村(沖縄)」 のテレビ露出情報

那覇市にやってきたモーリー・ロバートソンは三線を楽しめる仲尾次三味線なんでも屋へ。沖縄民謡にかかせない三線だが、モーリー・ロバートソンは初めて三味線を弾く。沖縄民謡はドレミファソラシからレとラを抜いたゆらぎのある音階。そこに沖縄民謡をのせていく。仲尾次さんは三味線を通して民謡の魅力を伝えている。
モーリー・ロバートソンが次にやってきたのはおよそ500年の歴史がある琉球びんがた。王朝時代は、王族や踊り子などが纏う特別な衣装だった。型紙で模様をうつし、一色一色、色を染み込ませ描いていく。出来上がるまでおよそ18の工程が必要。加治工さんは、11年の修行を積んで34歳で独立。昔ながらの技法で男者のシャツを作り、ミュージシャンのノベルティも手掛ける。しかし、この伝統は過去に途絶えかけたことも。第二次世界大戦で那覇市一体は焼け野原になり、道具や材料、すべてがなくなったという。びんがた消滅危機に加治工さんは、昔の人は米軍のゴミ捨て場から口紅の残りから紅を削って作っていたという。銃弾も道具として使用したがびんがたの裏に受け継がれる思いと言葉があった。次に映画館に入ったモーリー・ロバートソン。並んでいるのは、沖縄の職人の器。骨壺は中国文化の影響でお墓が大きい沖縄は、遺骨をこの中にいれてお墓に収める風習が残っている。そのジーシガーミを作っている職人の元へ向かったのは読谷村へ。上江洲史朗さんは父から釜を譲り受けてジーシガーミを作っているが、現在は陶器市に出す商品を作っている。
ジーシガーミは登り窯で焼かれるというが、2人用などと種類があるという。センスの向こうは米軍基地。訪れたのは、コザ。アメリカ文化と沖縄の生活が入り交じる街。ここで出会ったモーリー・ロバートソンは地元女性との会話や、街並みの隣り合わせの看板が日本的、アメリカ的すぎて驚愕したがそれに背中をおされた気がしたという。戦後から基地のある街として栄えてきたコザ。この街の仕事終わりの人々を癒やしたのは民謡。多くの民謡酒場が生まれた。さらに地元のレコードショップにやってきたモーリー・ロバートソン。昔から今に至る民謡が並ぶ。最近評判の歌い手がこの街に暮らしているという。去年CDデビューした喜友名さんは幼い頃から民謡に触れて育ってきた。現在は大工の仕事を兼業し歌い手を続ける。民謡の勉強のために通っているスナックがあるという。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年1月10日放送 5:55 - 9:25 日本テレビ
シューイチNEWS
ニューヨーク・タイムズは毎年恒例の2026年に行くべき52か所を発表し、日本からは長崎と沖縄が選ばれた。長崎については原爆投下で街の中心部は被害を免れたとして非現実感が漂っていると紹介。記事の中では具体的な観光名所や店舗についての記述もあり、その一つが「珈琲 冨士男」。さくらんぼがのったミルクセーキが冷たいデザートドリンクとして紹介されている。そして沖縄は2[…続きを読む]

2026年1月8日放送 15:50 - 19:00 日本テレビ
news every.なるほどッ!
テーマ「今年行くべき“旅行先”に長崎・沖縄」。ニューヨーク・タイムズが毎年1月に発表している今年行くべき52か所が発表され、日本からは長崎と沖縄が選ばれた。長崎はかつての惨禍が新たな関心を呼ぶ不屈の都市と表現。核拡散の脅威が世界に広がる中で長崎を訪れるべき大きな意義があると評価。長崎の郷土料理のミルクセーキも紹介されていて、珈琲冨士男マスター・川村達正さんは[…続きを読む]

2025年10月16日放送 5:00 - 6:00 NHK総合
NHKニュース おはよう日本(特集)
沖縄の移民団を乗せた船がハワイに到着して125年となる今年、ルーツをたどるとつながるハワイと沖縄の家族が久しぶりの対面を果たした。離れた場所にで暮らしても、世代を超えて受け継がれてきた絆とルーツを大切に思う気持ちを見つめた。

2025年10月11日放送 4:00 - 4:45 TBS
TBS NEWS(ニュース)
1944年10月10日、南西諸島全域をアメリカ軍が空爆した。沖縄戦の始まりともいわれる10・10空襲。読谷村でアメリカ軍機の攻撃を目撃した比嘉弘政さん。10・10空襲で最初に被害を受けたのが読谷村だった。早朝。アメリカ軍は日本軍が建設中だった北飛行場を目がけて攻撃を開始した。比嘉さんは悲劇が近年の南西諸島を中心とした防衛力強化の動きと重なって見えるという。[…続きを読む]

2025年10月10日放送 10:25 - 13:55 TBS
ひるおびJNN NEWS
1944年10月10日、南西諸島全域をアメリカ軍が空爆した。沖縄戦の始まりともいわれる10・10空襲。読谷村でアメリカ軍機の攻撃を目撃した比嘉弘政さん。10・10空襲で最初に被害を受けたのが読谷村だった。早朝。アメリカ軍は日本軍が建設中だった北飛行場を目がけて攻撃を開始した。比嘉さんは悲劇が近年の南西諸島を中心とした防衛力強化の動きと重なって見えるという。[…続きを読む]

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