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「長崎県」 のテレビ露出情報

五島列島。かつて迫害を逃れたキリシタンがここに移り住んだ。若松島はそのほぼ真ん中にある。一年前の4月。中学生たちがボートからおりてくる。新上五島町立若松中学校の生徒たち。3年A組。ずっと同じ仲間たちで3年間を過ごす。NHK全国学校音楽コンクールの譜面が届いた。学校には合唱部はないが、毎年挑戦している。「手紙」の譜面。安永文子先生が指導する。3-Aの担任だ。五島列島の出身だ。長崎市の高校から東京の音楽大学へ。卒業後、音楽を教えるようになった。おととし、長崎県大会の銀賞となった。金賞で九州大会にすすむことが目標となった。三年の増田さんが部長になった。7月のコンクールにむけてメンバーをまとめていく。今年は金をとりたいという。若松島にアンジェラ・アキさんがやってきた。生徒たちとアンジェラ・アキさんが会話をする。アンジェラさんが生徒たちの質問に答えていく。生徒たちは一年後の自分に手紙を書くことになった。7月、二年生も加わり50名近くのメンバーになった。
音楽クラスに男子も入って来た。佐々木君は、バンド演奏に興味があったという。男子が入った理由はさまざまだとのこと。新しい男子は合唱がはじめて。女子とは合唱に対する姿勢に差があった。やる気がなさそうな感じだったという増田さん。男子が入って残念に思ったという。男子は部長の増田さんに反発した。先生は、男子をコンクールに参加させるか悩んだ。どうみても今のままなら混成では出せないと思ったとのこと。男子たちの気持ちを聞いたという。泣き出した男子もいた。あんたたちを信じると先生は男子たちに言った。島のホールで練習をした。本番が近づく。男子たちも真剣になる。まだ技術は追いつかない。本番は2日後。一回の練習を流してはいけないと先生はみんなに言った。男子をまとめるのは難しいと増田さんがいう。コンクール前日、フェリーで島を離れる。長崎県諫早市にやってきた。最後の追い込みの練習。
そして本番がやってきた。新上五島町立若松中学校が歌い始める。いよいよ結果発表。金賞を受賞するのは2校のみ。銀賞だった。夢はかなわなかった。泣いている生徒たち。部長の増田さんは、泣きながらみんなにありがとうと言った。男子たちから先生に感謝の言葉を伝えた。今年、3月。新上五島町立若松中学校の三年生たちがバンド演奏をした。放送室から校内に「手紙」が流れた。卒業式が近づいた。アンジェラ・アキさんが学校を訪れた。生徒たちの4月に書いた手紙を聞かせてもらった。そして卒業式。「手紙」が歌われた。黒板になりたいものを書く3-Aの生徒たち。先生は、がんばれば春は来るのであきらめないことが大事だという。二十歳の日にまた会いましょうとのこと。生徒全員で先生のために歌った。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年4月20日放送 5:00 - 5:10 NHK総合
ニュース・気象情報(ニュース・気象情報)
岩屋外相は今月27日から訪米。核軍縮の方向性を議論するNPT再検討会議に向けた準備委員会に出席。日本の外相の出席は2018年以来。国連グテーレス事務総長との会談も調整中。

2025年4月19日放送 18:30 - 18:56 テレビ朝日
1泊家族(離島プロジェクト)
都会から壱岐島に移住したかずふみさん一家に1泊させてもらう。壱岐島は2017年を境に移住者が急増していた。かつて交易の拠点として栄え、約200年以上前の建物が軒を連ねる。島民は人情強めで、海で見る夕日は遮るものがなく別格。島内には150の神社があり、小島神社は潮が引いたときにお参りができる。壱岐島ではカキが名産。かずふみさんとさちこママは壱岐島出身で、30歳[…続きを読む]

2025年4月19日放送 12:15 - 12:40 NHK総合
探検ファクトリー(探検ファクトリー)
九州の醤油が甘くなった理由について紹介。食文化説では刺身を美味しく食べる為で九州には新鮮な魚が多くあり魚は熟成するほど旨味成分がある。新鮮な魚は旨味成分が少ないタンパクな味で、旨味を補う為に醤油を甘くしたという。砂糖との関係説では砂糖が手に入りやすかった為で江戸時代では砂糖の多くは海外から長崎を通じて輸入していた。その後、鹿児島の奄美諸島などでサトウキビが広[…続きを読む]

2025年4月19日放送 5:55 - 9:25 日本テレビ
シューイチミライのヨシュー!
25日、東京・新宿でアイスクリーム万博が開幕。今年で開催11年目、累計来場者数は440万人。全国から150種類のアイスが集結。5月6日まで開催。

2025年4月19日放送 5:15 - 5:30 TBS
皇室アルバム(皇室アルバム)
4月7日、天皇皇后両陛下は太平洋戦争の激戦地・硫黄島へ。戦後80年の節目を迎えるに当たり、被害が大きかった場所をめぐられる「慰霊の旅」の一環。太平洋戦争では日本兵2万2000人が亡くなっている。戦後50年の年には上皇ご夫妻が訪問。今回、硫黄島の戦いで島民だった伯父を亡くした麻生憲司さんが同行。麻生さんの父も上皇ご夫妻の硫黄島訪問に同行していた。両陛下は戦没者[…続きを読む]

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